活版印刷紀行

いまはほとんど姿を消した「活版印刷」ゆかりの地をゆっくり探訪したり、印刷がらみの話題を提供します。

印刷は色と格闘、色に挑戦

2012-03-02 15:15:01 | 活版印刷のふるさと紀行
 国会図書館の企画展示「ビジュアル雑誌の明治・大正・昭和」を見て、書き
留めたこと2,3をメモしておきます。

 ビジュアル雑誌の展示の冒頭に「災害」をおき、三陸地震や関東大震災の惨状を
見せる「風俗画報」や「関東大震災画報」、古いところでは安政大地震の瓦版まで
とりあげているのは、時節柄、導入としては見事でした。ちなみに、「画報」とい
うネーミングがこうした災害報道を絵で見せるところから生まれたというのは興味
ぶかい気がしました。

 大日本雄弁会講談社が1925年(大正14)に「キング」を創刊したわけです
が、その2年前にデビューした「文芸春秋」を向こうに回して講談社も、印刷する
秀英舎(大日本印刷)も準備が大変でした。創刊号は74万部が売れ、大量印刷にそ
なえて印刷現場も翌年、ドイツのアルバート社から高速活版輪転印刷機を輸入して
います。

 グラビア印刷が台頭するのもこのころですが、この企画展を見て私は改めて印刷は
色と格闘し、色に挑戦してきたと実感しました。「美術」の展示のところで「美術
作品を印刷で再現することは難しい」と展示企画者の弱音とも思われる解説がありま
した。きわめて個人的な経験ですが私も色の再現には苦労してきました。
 たとえば、着物でも総絞りや辻が花風の振り袖よりも、だれでも知っている留袖の
黒に泣かされたことがあります。レインボー調の化粧版で作られている流し台の色調
再現に、製版現場に化粧版を持ち込んだこともあります。

 コンピュータが主役で色を再現する時代になってもカメラデータがものをいう要素
があるわけですから、あらゆる工程で隙を見せるわけにはいきません。
 文字表現のフォントの問題、カラー再現の色の問題、どうやら印刷技術にENDは
なく、平成にはどんなビジュアルがどんな形で現れるか楽しみです。

 それと、この企画展で明治から大正、昭和の敗戦まで日本の雑誌のタイトルは右から
左へ、それが昭和20年代に入って左から右へに変わっているのも当然のことながら
面白くおもいました。とくに表紙のレイアウト構成では印象が大幅にかわるのですから。
コメント
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