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奈良(主に飛鳥の古墳と石)&堺市 その1 奈良

2024-11-05 12:21:11 | 旅行記・関西

3泊4日で奈良と堺市に行ってきた。奈良在住の友人と1日目と3日目に一緒に回るはずだったが、体調不良で結局1人旅となった。

 

10月24日 木曜日

↑ 冠雪なしだったので、一瞬、富士山とは分からなかった。

近鉄奈良駅近くの待ち合わせ場所で友人と会ってランチ。その後は一人で、友人のお勧めコース(春日大社→下の禰宜道→志賀直哉旧居→新薬師寺)を回る。

 

Ⅰ.春日大社

近鉄奈良駅の東側に、東大寺と興福寺と春日大社が入り組んであるんだが、春日大社は行った事がなかったので。

↓ 途中の興福寺中金堂

修学旅行生とインバウンドがいっぱい! 五重塔は修復中。

 

一の鳥居

「古くは春日大社と興福寺旧境内との境に立つ結界としての役割を持っていました。」そうだ。だろうな、こんなに入り組んでたら。

 

↓ 奈良国立博物館 仏教美術資料研究センター

建物は、明治35年(1902)竣工の「飛鳥時代から鎌倉時代にかけての伝統的な建築様式を取り入れる一方、窓にはイスラム風の意匠もみられます。構造・意匠に東西の要素を巧みに取り入れた明治中期を代表する近代和風建築として高く評価されて」いる立派な建物。

↓ そして参道には、外国人大喜びの鹿たち

雄は発情期なので、角が切られているけど、たまに雌を追いかけたり、雄同士喧嘩したり、やたら鳴き声を上げていた。

↓ カッコいいコンクリの建物がある!と、近づいたら鹿苑(ろくえん)だった

↓ 鹿のフン

 

②参道の石燈籠

そして、今も石燈籠は増えている。

 

③二の鳥居

この横に立派な駐車場やトイレがあった。団体はここから参拝が始まっていた。

 

④南門

 

御本社(大宮)回廊

せっかくですから、700円払って中へ。

釣燈篭って、最初は金色なんだね。

江戸時代まで神職の詰所であった藤波之屋という部屋を鏡張りにして、燈篭に火を灯し(危ないから火じゃないけど)、春日万燈籠の雰囲気を観光客にサービス。

本殿を出るとまた石灯籠。

この金色の石灯籠は「徳川家康が紀州徳川家の初代となる十男、長福(後に頼宣と改名)の病気平癒を願い春日大社(奈良市)に寄進したとされる石燈籠

 

Ⅱ.下の禰宜道(ささやきの小道)

二の鳥居から小道に入る。

いきなり、誰もいない。いや、後ろから私を抜かす男性が1人いたんだが、ちょっと警戒してしまうほどの寂しい山道。

で、この道を抜けたら高畑町。

↓ 志賀直哉旧居

 

Ⅲ.新薬師寺

私のパソコンでは「危険!」という表示が出て、新薬師寺の公式HPを開く事が出来ない。

友人が「バサラ」とやたら言っていて、お勧めのお寺らしい。

この本堂は、天平19年(747)の頃の建築だそうだ。中に入ってようやく「バサラ」の意味が分かった。写真撮影は禁止なので、ネットで拾った画像を貼っとく。

本尊薬師如来坐像(木造・国宝)と、それを囲む日本で最古最大の十二神将立像(塑像・国宝)が安置。うち、500円切手になっているのが伐折羅(バサラ)大将(迷企羅大将)。

そう言えば、見た事あるな。

 

Ⅳ.鏡神社

新薬師寺の門のすぐそばにあったので、何気なく入ってみた南都鏡神社

「本殿は、代々春日社々殿を下賜されてきました。現本殿は延亨3年(1746年)第46次御造営の際に、第3殿を賜ったものです。」

へえっ~、そうなんだあ。春日大社を観た後だったので、なんか愛おしかった。

この後、ブラブラと近鉄奈良駅まで戻る。

 

入江泰吉記念奈良市写真美術館

↓ 鹿がいっぱい!

 

↓ 鷺池の浮見堂

撮影されてる方もカメラマンも、日本人ではなかった。

 

Ⅳ.夕飯

友人に聞いた、たかま家さんに行ったんだが・・・。従業員がいきなり休んだとか、材料手配に失敗したとか、何かあったのかな?

食べたかったメニュー及びその周辺のものは「今日は用意ができなくて」と言われ、しょうがないからヨレヨレの紙に書かれた“今日のおすすめ”とそばを頼んだんだけど・・・。なんだかなあ。帰りにコンビニでおにぎりを買った。

 

Ⅴ.ホテル

空いてて、近鉄奈良駅から近くて、安さで選んだ、“ベーカリーホテル シャトードール“。前回泊った“変なホテル”が料金が高くなっていたので、こちらに。駅そばで、立地もよくて、清潔で良い感じでした。

コメント
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