◎「ナチス憲法」と言ったのか否かは重大問題
いま話題の、麻生太郎財務相のナチス発言について。
本日の毎日新聞朝刊によれば、「麻生氏の29日講演での発言(要旨)」は次の通りである。
日本が今置かれている国際情勢は、憲法ができたころとはまったく違う。護憲と叫んで平和がくると思ったら大間違いだ。改憲の目的は国家の安定と安寧だ。改憲は単なる手段だ。騒々しい中で決めてほしくない。落ち着いて、われわれを取り巻く環境は何なのか、状況をよく見た世論の上に憲法改正は成し遂げられるべきだ。
ドイツのヒトラーは、ワイマール憲法という当時ヨーロッパで最も進んだ憲法(の下〈モト〉)で出てきた。憲法が良くてもそういったことはありうる。
憲法の語を狂騒の中でやってほしくない。靖国神社の話にしても静かに参拝すべきだ。国のために命を投げ出してくれた人に敬意と感謝の念を払わない方がおかしい。静かにお参りすればいい。何も戦争に負けた日だけに行くことはない。
「静かにやろうや」ということで、ワイマール憲法はいつの間にか変わっていた。誰も気がつかない間〈アイダ〉に変わった。あの手口、学んだらどうかね。僕は民主主義を否定するつもりもまったくない。しかし、喧騒〈ケンソウ〉の中で決めないでほしい。
この「要旨」だが、何をもとにして誰が作った要旨なのか、ハッキリしない。
ちなみに、本日の日本経済新聞朝刊に掲載されていた「要旨」は、以下の通り。
護憲と叫んで平和が来ると思ったら大間違いだ。改憲は単なる手段。狂騒、狂乱の中で決めてほしくない。我々を取り巻く環境は何なのか、状況をよく見た世論の上に憲法改正はなし遂げられるべきだ。ドイツのヒトラーは、ワイマール憲法という当時欧州で最も進んだ憲法下で出てきた。憲法がよくってもそういったことはあり得る。ある日気付いたら、ワイマール憲法がナチス憲法に変わっていた。あの手口に学んだらどうか。民主主義を否定するつもりもまったくないが、喧騒〈ケンソウ〉の中で決めないでほしい。
これらふたつの「要旨」は、大筋では一致しているが、こまかい部分は、かなり異なっている。すでに国際問題にもなっていることであるし、政府関係者あるいはマスコミ関係者は、講演の正確なテープ起こし原稿を公開すべきだと思う。
ところで、このふたつの「要旨」を比較して最も気になるのは、麻生財務相が、「ナチス憲法」という言葉を使ったのかどうかが、ハッキリしないところである。毎日新聞の要旨だと、「ナチス憲法」という言葉が出てこないが、日本経済新聞の要旨には、それが出ている。
このことについては、次の二通りに解釈が成り立つだろう。
1 麻生財務相は、実際には、「ナチス憲法」という言葉を使っていないが、そういう言葉を使ったかのように報道されてしまった。
2 実際に、「ナチス憲法」という言葉を使ったのだが、「ナチス憲法」に該当するものがないと判断した「関係者」が、要旨から、あえてその言葉を削った。
麻生財務相が、「ナチス憲法」という言葉を使ったか否かは、わが国の政治家の教養のレベルに関わる重要な問題である。政府関係者あるいは報道関係者は、一切の政治的思惑を排し、まず、講演の正確なテープ起こし原稿を公開すべきであろう。
参考までに、本日の毎日新聞朝刊には、この問題(ワイマール憲法が「いつの間にか変わっていた」とされる問題)に関するドイツ人専門家の見解が紹介されている。
公立現代史研究所(ミュンヘン)のマグヌス・ブレヒトケン博士は「麻生氏の例えは驚くべき発言だ」と述べたうえで「ナチスが政権を握った1933年以降も、公式にはワイマール憲法は存続した。だがこの年、議会承認を経ずにヒトラーが法律を制定できる全権委任法が成立し、ナチス独裁体制が固まったことで、ワイマール憲法は事実上の効力を失った。ナチス自身は特に憲法を定めていない」と説明。麻生氏による「ワイマール憲法はいつの間にか変わっていた」との発言は事実誤認と指摘した。
ブレヒケン博士は、「ナチス自身は特に憲法を定めていない」と述べている。これは、麻生財務相の「ナチス憲法」という言葉が、ドイツにまで伝わっている可能性を示唆するものである。
今回、麻生財務相が、どのような意図で、ナチス発言をおこなったのかは知らないし、とりあえず今、そのことについては論じようとは思わない。しかし、麻生財務相の今回の発言は、世界の人々から、日本の有力な政治家が、ナチスの歴史に関して重大な無知をさらしたというふうに受けとめられていることは間違いない。
麻生財務相は、少なくともこの「無知」に関しては、それを素直に認めておくべきだろう。もし、ナチスの歴史に関して誤解はしていないというのであれば、世界に向けて、その旨の釈明をおこなう必用がある。そのいずれの場合においても、正確な講演のテープ起こし原稿を公開することが前提となるのは言うまでもない。
*都合で、明日から数日間、ブログの更新をお休みします。なお、コラム「麻生財務相のいう『ナチス憲法』とは何か」を書いた今月一日は、アクセスが急騰し、歴代3位でした。