◎心理学者のレヴィンとコフカはユダヤ系
今月一二日に、クルト・コフカ著、平野直人・八田眞穂訳『発達心理学入門』(前田書房、一九四四)の「後記」を紹介した。
その中に、次のような一節があった。
くやしい話だが、一番最初に述べた如く、現在の日本には真の心理学者が非常に少い。そこでそれ白人の科学取り上げなる手段をめぐらして、現代心理学の巨星の一人クルト・コフカの著書を槍玉にあげたのである。由来日本人は清濁併せ呑む国民と言はれてゐる。現在は濁は必要ない故こいつは遠慮なく吐き出して、清だけすゝり込めばよい。本書もその清としてかまふことはないから、腹一杯がぶ呑みをしてかまはない。どうせ相手は先が長くないのだから、早くやらねば損である。
先に述べた心理学の三巨星とは、ケーラー(Wolfgang Köhler)レヴイン(Kurt Lewin)及びこのコフカ(Kurt Koffka)である。三人共以前はドイツの禄を喰んだ〈ハンダ〉身でありながら、現在では怨敵アメリカヘ寝返りを打つた奴輩〈ヤツラ〉であるから、どうせ皆ルーズベルトと共にこゝ三年の命しかないあわれな連中だ。こうなると巨星も虚勢に通ずるから妙である。
ここで、訳者のいう「心理学の三巨星」のうち、クルト・レヴインとクルト・コフカの二人は、ユダヤ系とされている。彼らが、もしそのまま、ドイツにいたら、間違いなく、「絶滅」の対象となったであろう。その危険性を察したからこそ、アメリカに脱出したのである。すなわち、彼らは、「怨敵アメリカヘ寝返りを打つた」わけではない。これは、同じくユダヤ系であった、精神分析学の創始者・フロイトの場合についても言えることである。
おそらく、訳者の平野直人・八田眞穂は、こうした事実を知っていたと思う。にもかかわらず、「怨敵アメリカヘ寝返りを打つた奴輩」というふうに書く。先学に対して、ひとかけらの敬意もない。また、つとめて虚偽を排するという、学問に携わる者として守るべき最低限の心得すら見られない。今さら、言っても仕方がないことだが、一言、コメントしておきたい。