◎菅原文太さんと秩父事件
元俳優の菅原文太さんが亡くなった。先月二八日のことだったという。昨日一二月一日の夕方、五反田駅の売店で、日刊ゲンダイ(一二月二日号)の見出しを見て、そのことを知った。「仁義なき戦い 菅原文太さん死去」と、見出しは大きかったが、記事そのものはシンプルで、死去された日も病名も記されていなかった。
菅原文太さんには、一度だけ、お目にかかったことがある。二〇〇九年一〇月二日の土曜日のことであった。場所は、西麻布の秋田料理店。
それより前、二〇〇八年の九月に私は、平凡社新書から『アウトローの近代史』という本を上梓した。それを読まれた菅原文太さんから、文芸春秋社を介して連絡があり、その日、お目にかかることになったのである。
菅原文太さんが、私の本のどこに関心を示されたのかは、お目にかかって、すぐにわかった。「秩父事件」である。
同書の第3章では、秩父事件に触れたが、そこでは特に、田代栄助という侠客(アウトロー)が果たした役割に注目した。一方、菅原文太さんは、一九八〇年(昭和五五)に放映した大河ドラマ『獅子の時代』(脚本・山田太一)の主演を務めた。菅原さんが演じたのは、会津藩の下級武士出身の「平沼銑次」という架空の人物である。このドラマの時代背景は、幕末から明治の激動期である。ストーリーは、非常に入り組んでいるが、秩父事件もまた、ドラマの重要な要素になっている。ちなみに、ドラマでは、名優・志村喬〈タカシ〉が、田代栄助役を演じた。
菅原文太さんは、歴史通であった。その日は、三時間以上、語り合ったと思うが、その話題の九割近くは「歴史」であった。おそらく菅原さんは、『獅子の時代』というドラマに関わる以前から、歴史通だったのだろう。その歴史通のレベルは、このドラマに関わることで、いっそう高いものになったのではなかったか。
ところで、本日、朝六時半のNHKのニュースでは、菅原文太さん死去が伝えられていた。「仁義なき戦い」シリーズや「トラック野郎」シリーズの主演を務めたことを紹介し、それらのシリーズから、いくつかの場面を選んで流していたが、これでは民放のニュースと、何ら変わらない。NHKとしては、大河ドラマ『獅子の時代』に主演したことを紹介し、そこでの印象的な場面を流すべきだったのではないだろうか。