◎「CWSコモンズ」さんの書評「勤勉の誕生」
先日、インターネット上で、拙著『日本人はいつから働きすぎになったのか』についての書評を見つけた。「CWSコモンズ」というホームページにあったもので、管理されているのは、どこかの社長さんらしい。コメント欄があれば、それを通して感謝の意をお伝えすべきところだが、それがないので、この場を借りて御礼を申し上げたいと思う。
さて、その書評は、次のようなものであった。
■勤勉の誕生(2014年12月7日)
「日本人はいつから働きすぎになったのか」という礫川さんの本を読みました。
副題が「勤勉の誕生」でした。
実は最近、なぜ人は「働く」のだというかという疑問を持ち始めていました。
「働く」ということをどうとらえるかで、この問題は大きく変わってきますが、働かない人のことを一人前の人間としてみていないような風潮に違和感を強めだしています。
私自身25年前に生き方の発想を大きく変えたつもりが、対価をもらう仕事をしていないと何か罪の意識が浮かんでくることがありました。
最近でも、連日自宅で無為に過ごしているとやはり罪の意識が芽生えます。
それは果たして人間にとっての本質なのか、あるいは時代につくられたものなのか。
そんな思いを持っていたので、この本を読みました。
私の疑問の回答がそこにありました。
「勤勉」の文化が芽生えたのは、高々この100年。
そして今こそ、怠惰になるべき時期です。
とても示唆に富む本です。
著者として非常にうれしい書評であった。なぜなら、この方は、著者が本に籠めようとしたメッセージに共感してくださっているからである。
自分で言うのも変だが、この本で私は、かなり大胆な説を世に問おうとした。それだけに、資料の選択や論理の展開には、かなり気を使ったし、書く進める苦労は、並大抵ではなかった。しかし、何とか書き終えるという段階にいたって、もっともらしく自分の説を述べることよりも、もっと大切なことがあることに気づいた。すなわち、読者に対して、何らかの有効なメッセージを届けるということである。
そこで開き直って、終章の最後を、「怠ける勇気を持とう、怠けの哲学を持とう。」という言葉で締めた。こう書いたことで、みずから、この本で読者に言いたかったことを整理できた。
今回、「CWSコモンズ」を初めとして、少なからぬ読者から、そうしたメッセージに共感していただけたことは、さいわいだった。