◎原節子さん「足らぬは亭主ばかりなり」(1952)
二〇一二年七月二一日の当ブログで、昭和二七年(一九五二)の「スターいろは歌留多」というものを紹介した。戸板康二『いろはかるた随筆』に載っていたものを、若干の注釈を付して紹介したのである。初出は、雑誌『映画と演芸』(朝日新聞社)の「昭和二七年の号」で、作者は矢野目源一だというが、これについては、そのとき以来、未確認のままである。
その歌留多を紹介した時点で、春日野八千代さん(元宝塚劇団男役)と原節子さん(元女優)、京マチ子さん(女優)のお三方は、まちがいなくご健在だったが、その後、同年八月二九日に、春日野八千代さんが亡くなられた。
そして、一昨日のニュースで、原節子さんも、本年(二〇一五)九月五日に亡くなれれていたことを知った。哀悼の意味を込めて、以下に、「スターいろは歌留多」を再掲させていただく。なお、本年二月一八日の当ブログ記事「原節子さんとドクター・ハック」も、併せて、ご覧いただければ幸いである。
昭和二七年「スターいろは歌留多」
い 一を聞いて二十を当てる 柴田早苗〔女優〕
ろ 論より実力 諏訪 根自子〈スワ・ネジコ〉
は 花のバリでお昼寝 高峰秀子
に 二枚目世にはびこる 長谷川一夫
ほ 惚れて通えばかぶりつき 春日野八千代〈カスガノ・ヤチヨ〉
へ 紅白粉〈ベニオシロイ〉は女の色気 花柳章太郎
と としよりの冷酒 古今亭志ん生
ち 沈魚落雁閉月羞花 中村歌右衛門〔六代目〕
り 両脚上げれば立てない 谷 桃子〔バレリーナ〕
ぬ ぬうっと顔を出してスターなり 佐分利 信〈サブリ・シン〉
る るりもはげも照せば光る 柳家金語楼
を 男の中の男前 上原 謙
わ 若い時は二度ない 田中絹代
か 彼氏とは性格の違い 水谷八重子
よ よい子には親かかる 美空ひばり
た 足らぬは亭主ばかりなり 原節子
れ 例によって例の如し 藤原義江〔オペラ歌手、男性〕
そ そこのけそこのけお馬が通る 丹下キヨ子
つ 釣れますかなどと金馬は傍〈ソバ〉へ寄り 三遊亭金馬〔三代目〕
ね 猫に音盤〔レコード〕 神楽坂はん子
な なけなしの旅費失い 大谷冽子〈オオタニ・キヨコ〉
ら 来年のこといえば敬老会 藤蔭静枝〈フジカゲ・シズエ〉
む 夢声通ればマイクが引張る 徳川夢声
う 上も行く行く下も行く 久保幸江〈クボ・ユキエ〉
ゐ 芋の煮えたも御存じない 久我美子〈クガ・ヨシコ〉
の 能ある鷹は皺〈シワ〉をかくす 東山千栄子
お 夫唱え婦随う 山田五十鈴
く 雲の上に出てみたスター 高峰三枝子
や 安物買いのスキャンダル 三国連太郎
ま まけぬが勝ち 阪東妻三郎
け 芸といえばイヤンバカ 柳家三亀松
ふ 古川に汗水たえず 古川ロッパ
こ こびとに鈍なし 市川猿之助〔二代目〕
え 得手に口を開ける 笠置シヅ子
て 亭主の好きなヘンな服装〈ナリ〉 山口淑子
あ アソコ隠して尻かくさず 吾妻京子
さ 三遍踊ってうどんにしよう 水の江滝子
き 君を思えば徒跣〈カチハダシ〉 岩井半四郎
ゆ 行末は誰が肌ふれん紅の花〔芭蕉の句〕 越路吹雪
め 目の上の藍シャドウ 淡谷のり子
み 身から出たチビ 榎本健一
し 四十新造五十島田 西崎 緑〔初代〕
ゑ 「英雄」フシを好む 広沢虎造
ひ 昼は録音夜高座 春風亭柳橋〔六代目〕
も 門前の小僧習わぬ絵も描く 池部 良〈イケベ・リョウ〉
せ 膳は急げ(美食趣味の評判) まり千代
す 粋も甘いも味は梅干 杉村春子
京 京マチ子の猫通いけり羅生門 京マチ子