◎優生手術の申請には任意申請と同意申請とがある
『週報』第二四四号(一九四一年六月一一日)から、「国民優生法解説」という記事を紹介している。本日は、その三回目。昨日、紹介した部分のあと、改行して、次のように続く。
以上が優生手術の対象となる疾患【しつくわん】であるが、これらの場合でも、同時に優秀な遺伝素質を持つと認められるときには手術を行はない。例へば、血族中に天才とも称すべき優秀な人がをり、本人もその素質を受け継いでゐると判断されるときには、その優秀素質を国民の中に残し、国家に貢献【こうけん】させることが必要であるから手術を行はない即ち優秀素質までも併せて失ふことを防ぐためである。
これらの疾患に本人が罹【かゝ】つてゐるときは優生手術の対象となることは勿論であるが、本人は発病してゐないが、素質者と見られる場合にも、自発的な希望があれば手術を受けることが出来る。本法で認めてゐるのは次ぎの二つの場合である。
イ 四親等以内の血族、例へば同胞、親、父母、伯叔父母、従同胞に同一の悪質な遺伝病患者があるもの同志が結婚した場合(普通に見られる例は病者を近親に有する従同胞結婚である)、夫婦は表面健康でも子供が発病する危険が特別にあると見られるときには、優生手術を受けることが出来る。
ロ 夫婦表面健康であつて、互に同一の遺伝素質をもつてゐることを知らずに結婚したが、その間に生れた子供が発病した場合、将来生れる子供が更に発病する危険が特別にあると見られるときには、同様に優生手術を受けることが出来る。
この二つの場合や、優秀素質を併有【へいいう】するときの例外規定は外国立法にもない我が国独特のものである。
=手術申請の手続=
申請は任意を原則とする。強制申請は当分は行はないから、なるべく自発的に申出て欲しい。任意申請【しんせい】は更に本人や家族から申し出る純然たる任意申請と、精神病院長、保健所長、官公立病院長等が本人達に代つて、その同意を得て申請する同意申請とある。
前者は原則として本人がその配偶者の同意を得て申請するのであるが、本人が三十歳に達しないときや、軽度の精神薄弱【はくじやく】(低能)か、重い病的性格等であつて心神耗弱【まうじやく】とされるときには父母の同意も必要である。また高度の低能や確実に診断される精神病等であつて心神喪失【さうしつ】とされるときには、本人は申請の能力がないから、父母と配偶者の連名で申請することになつてゐる。以上の配偶者の同意や申請は、若し配偶者がゐない時や故障のあるときには、同意は父母が代り、申請は父母だけで出来る。また、父母の一方がゐないときや故障があるときは、他の一方だけの同意や申請でよい。父母ともに支障があるときには、後見人、戸主、親族会と順次その代りをする。但し、後見人と親族会は同意だけは出来るが、申請は出来ない。
申請手続は大変面倒のやうに見えるが、実際は本人の側からハガキや手紙でその希望を書いて府県庁の衛生課宛に申出れば、その後の一切は県で世話する筈であるから気安く申出てもらひたい。【以下、次回】
文中、「耗弱」に「まうじやく」というルビが振られているが、原文のまま。ここは、「かうじやく」(コウジャク)と振るべきだが、誤りとまでは言えない。現に、「消耗」を「しょうもう」というふうに慣用読みしている事実があるからである(消耗は、「ショウコウ」と読むのが正しいという)。なお、耗弱を「モウジャク」と慣用読みする場合、その当時における表記は、「まうじやく」でなく、「もうじやく」が正しい。「まう」は、その当時におこなわれていた「慣用」表記である。