◎東條英機の「遺言」(1948)を読む
東條英機の「遺言」とされているものが、何種類かある。いずれも、インターネット上で閲覧できるが、その中には、表記や典拠の点で、疑問を感じるものが含まれている。
先日、東京憲友会編『殉国憲兵の遺書』(研文書院、1982)という本を読んだところ、その冒頭に、東條英機の「遺言」が載っていた。ただし、典拠は示されていない。書かれた日時も示されていないが、内容から見て、処刑の少し前に書かれたものと思われる。
本日以降、何回かに分けて、これを紹介してみたい。改行、用字、仮名づかいは『殉国憲兵の遺書』のままとした。
陸軍大将 東 條 英 機
東京都。陸軍大学卒業。関東憲兵司令官、首相。
昭和二十三年十二月二十三日、巣鴨に於て刑死・六十四歳。
遺 言
開戦当時の責任者として敗戦のあとをみると、実に断腸の思いがする。今回の刑死は、個人的には慰められておるが、国内的の自らの責任は死を以て贖えるものではない。
しかし国際的の犯罪としては無罪を主張した。今も同感である。
ただ力の前に屈服した。
自分としては国民に対する責任を負って満足して刑場に行く。ただこれにつき同僚に責任を及ぼしたこと、又下級者にまでも刑が及んだことは実に残念である。天皇陛下に対し、また国民に対しても申し訳ないことで、深く謝罪する。
元来、日本の軍隊は、陛下の仁慈の御志により行動すべきものであったが、一部過を犯し、世界の誤解を受けたのは遺憾であった。
此度の戦争に従軍して斃れた人及び此等の人々の遺族に対しては、実に相済まぬと思っている。心から陳謝する。
今回の裁判の是非に関しては、もとより歴史の批判に待つ。もしこれが永久平和のためということであったら、も少し大きな態度で事に臨まなければならないのではないか。此の裁判は結局は政治裁判に終った。勝者の裁判たる性質を脱却せぬ。
天皇陛下の御地位及び陛下の御存在は動かすべからざるものである。天皇存在の形式については敢て言わぬ。存在そのものが絶対に必要なのである。それは私だけでなく多くの者は同感と思う。空気や地面の如き大きな恩は忘れられぬものである。
東亜の諸民族は今回のことを忘れて、将来相協力すべきものである。東亜民族も亦他の民族と同様この天地に生きる権利を有つべきものであって、その有色たることを寧ろ神の恵みとして居る。印度の判事には尊敬の念を禁じ得ない。
これを以て東亜民族の誇りと感じた。今回の戦争に因りて東亜民族の生存の権利が了解せられ始めたのであったら幸である。
列国も排他的の感情を忘れて、共栄の心持を以て進むべきである。現在の日本の事実上の統治者である米国人に対して一言するが、どうか日本の米人に対する心持を離れしめざるように願いたい。又、日本人が赤化しないように頼む。東亜民族の誠意を認識して、これと協力して行くようにされなければならぬ。
実は東亜の多民族の協力を得ることが出来なかったことが今回の敗戦の原因であると考えている。今後、日本は米国の保護の下に生活して行くのであろうが、極東の大勢はどうであろうか。終戦後、僅に三年にして亜細亜大陸赤化の形勢は斯の如くである。
今後のことを考えれば、実に憂慮にたえぬ。もし日本が赤化の温床ともならば、危険この上ないではないか。
今、日本は米国よりの食糧の供給その他の援助につき感謝して居る。しかし一般が、もしも自己に直接なる生活の困難やインフレや食糧の不足等が、米軍が日本に在るが為なりというような感想をもつようになったならば、それは危険である。実際はかかる宣伝を為しつつある者があるのである。依って米軍が、日本人の心を失わぬよう希望する。【以下、次回】
文中、「空気や地面の如き」という表現がある。インターネット上に、これと同じ「遺言」と思われるものがあるが、その「遺言」では、この箇所が「空間や地面のごとき」となっていた。どちらがオリジナルかは不明だが、感性に訴える点では、「空気や地面の如き」のほうがまさっているように思う。
今日の名言 2023・7・12
◎東亜の多民族の協力を得ることが出来なかったことが今回の敗戦の原因である
東條英機の言葉。上記コラム参照。東條の言う通りだと思う。では、東亜の解放を目指した「大東亜戦争」は、なぜ、「東亜の多民族の協力を得ることが出来なかった」のか。この重大な問いに、東條は、答えていない。反省の弁もない。ところで、私たち戦後日本の日本人は、この問いに答えられるのだろうか。