礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

友清歓真先生は、突然帰天せられた

2025-01-24 00:50:14 | コラムと名言
◎友清歓真先生は、突然帰天せられた

 角川文庫版『ドイツ国民に告ぐ』(小野浩訳、初版1953)から、その「解説」を紹介している。本日は、その三回目(最後)。

 訳出に当つては大津康〈ヤスシ〉先生の訳業を、またのちに知人から拝借した河合哲雎氏訳も参照して多大の恩恵を蒙つた。先人の訳はいづれも苦心の跡の偲ばれるものであつた。殊に大津先生は処女地に鍬を入れられたのであるからその辛苦は察するに余りあるものであるが、やはり相当に誤解も脱落もあり、一読しては納得のゆかぬところがあり、まさに改訳の時期に達したものと思はれる。自分としでは講演の本質を考へて、成るべく一読してわかることを訳出の主眼とした。しかし講演と言つてもこれは大衆相手の政談演説の如きものではなく、大学に於ける一種の公開講義であるから、読んでわかると言つても読者の側に相当の哲学的素養を前提にした上のことなのである。カント哲学の矛盾を克服し、観念論の方向に於て究極のところまで徹底せしめたと言はれ、フィヒテの「自我論」についての予備知識は、読者諸賢の御努力に期待したい。
 アルフレート・ボイムレルはその Studien zur deutschen Geistesgeschichte (Berlin 1933) に於てニーチェを論じてバーゼル講演に及び、ニーチェのバーゼル講演とフィヒテの本講演とはドイツ精神史上における画期的な二大講演であると言つてゐるが、よく対局を摑み得てゐると思ふ。ニーチェのバーゼル講演は、角川書店版ニーチェ全集第三巻に拙訳が収載されてゐるから、併読して頂ければ幸甚である。なほ訳出にあたつては阿部先生から拝借したフリッツ・メディークス校閲の「フィヒテ著作集」第五巻により、家蔵のレクラム版を参照した。
 今この跋文を閉ぢるに当つて私は先師友清歓真〈トモキヨ・ヨシサネ〉先生のことに触れずに筆を擱くことはできない。先生がいかなる方であるかは、いま語つてゐる余裕がない。しかし将来わが同胞の心ある人々の間に先生の名が永久に忘れられぬものとなる日は必ず来るであらう。本年〔1953〕一月十四日、フィヒテの訳業に着手した旨をお報せした手紙に対し先生からは「フィヒテの講演はあの戦塵未だ濛々たるときになされた真に劇詩的のもので、本当に魂の叫びだらうと存じます。人間歴史の中に余り多くない文献の一つと存ぜられます、どうぞ筆硯〈ヒッケン〉御精励を祈り上げます」といふお手紙を頂いた。その同じお手紙に多少風邪気味であると述べられたが、それから一ケ月を経た二月十五日午前頃突然帰天せられたのであつた。私が先生に負ふところは真に絶大であり筆舌に尽し難い。この世で先師の御恩の万分の一にもお酬い出来なかつたことはまことに遺憾であるが、私は右に引いた先生のお手紙の言葉を遺言と思ひ、頭上三尺のところで私の訳業を見守つて下さる先生に励まされる思ひで漸く完成の運びとなり得たのである。私は謹んでこの拙き訳を先生在天の神霊の照鑑にお供へさせて頂きたいと思ふ。

  昭和二十七年八月二十七日    仙台にて 訳 者

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