「人よりトイレのスリッパの方が大事なのか」「資本家と労働者は基本的立場が違う」の話の続きです。
あれから月末にかけてが、最近では最も忙しかった。但し、忙しいにも関わらず、コスト削減の為に出勤人数は減らされたまま、作業終了時間と誤配削減目標だけがやかましく言われた。商品の仕分け作業をしているそばから、「此処のエリアは何時までに終わらせろ」との檄が職制から飛んでくる。勿論、「蟹工船」みたいな扱いを露骨にすれば問題になりかねないし、下手すれば広島マツダ暴発事件みたいな事も起こりかねないので、最初は揉み手で、ビリーズ・ブートキャンプみたいなノリで声をかけてくる。しかし、それも最初のうちだけで、中盤以降は「蟹工船」とさほど代わらない扱いになる。
そのくせ、この会社は、下らない所に労力をつぎ込みたがる。必要出勤人数さえ充足すれば、誤配もなく時間通りに終われるのに、それをせず、何と「盗難予防」と称して、仕分け済商品の写真撮りをやりだしたのだ。その為だけにわざわざ人を雇って。
劃して、小柄で大人しそうな、見慣れない男の子が、言われるままに写真を撮り始めるようになった。大した給料にもならないのに、時として他のバイトに邪魔モノ扱いされながら。その扱いがあんまりなので、この倒錯ぶりを天下に公表してやろうと、実はこの間、私は密かにスクープの機会を伺っていた。
その動きが察知されたのか、はたまた、邪魔者扱いしていたバイトからの苦情によるものか、それは分からないが、ともかく数日前から写真撮りは中止となり、その子は今、私たちと同じバイト作業に就かされている。但し、自己紹介も何もされないままで。大人しくて誰とも殆ど喋らないが、礼儀正しいし根は真面目そうな子で、きちんと指導したら、そこそこ戦力にもなろうものを。若し私がこんな扱いをされたら、恐らく数日で辞めているだろう。若しこれがアキバやマツダの容疑者であったなら、あの事件と同じ様な事がここでも起こっているに違いない。
それに対する、職制側の予想される反論は、多分「それはお前らバイトの責任だ」というものだろう。勿論、この大人しい新人を仲間として迎え入れる責任は、私たちバイトの側にもある。しかし、その私たちを、互いに交流も深められないほどの労働強化に追い立てているのは、一体誰なのか。その主たる責任を負うべき者が、自己紹介もせずに新人をいきなり現場に投入しておいて、自らの責任は棚に上げて、バイトだけに罪をなすりつけようとしても、そうは問屋が卸すか。
同様の倒錯事例は他にも一杯ある。例えば、意味の無い通路迂回表示などがそうだ。作業場に入るや否や、いきなり正面に、進入禁止のゼブラ・バーとカラー・コーンが置かれている。工事現場などでよく見かけるやつだ。それが何故、わざわざ出入り口直ぐの所に置かれてるのか。これでは作業員の通行の邪魔にしかならないのに。恐らく、「弊社では危険箇所の表示もきちんとしている」という、一種のアリバイ工作の為だろう。
アリバイ工作と言えば、構内で頻繁に流される、「商品搬入時には渡し板を使え」「ドーリーで運ぶ時は両手で持て」などの、注意喚起の館内放送などもそうだ。一見すれば、まともな事を言っているように見えても、肝心の心が全然篭っていないのが、もう丸分かりなのだ。放送している当の派遣や事務パートの女の子が、「渡し板」や「ドーリー」が何物かも全然知らずに、ただ放送原稿の字面を追っているだけなのが、聞いていてよく分かる。(下記写真は、左から順に、通路迂回表示・渡し板・ドーリー)
更に言うと、鳴り物入りで導入されたハンディ・ターミナルによる検品作業にしてからが、究極のアリバイ工作なのだ。今日び、こんな手作業でのバーコード読取作業なんて、少なくとも大手では、どこの物流センターでも採用していない筈だ。佐川急便でもヤマト運輸でも、今の仕分け作業の主流は、ソーターによる自動制御システムによるものだろう。恐らく、自動化された仕分けラインの中で、センサーがバーコードを読み取り、商品を行き先別に振り分ける形をとっている筈だ。
私の職場で今やっているような、人力によるハンディでのバーコード読み取り作業なんて、本来は、それこそ化粧品や文房具のような手荷物・小物類を対象に、集品作業(ピッキング)で行うものだ。それを、多品種少量の小物類だけでなく、今まで納品業者に委託してさせていたような、1リッター牛乳の一日数千ケースからの大量仕分けにまで、無理やり対象を広げてしまったから、普通の牛乳もコーヒー牛乳もヨーグルトもぶっ込みでどんぶり勘定の、ひたすらバーコード・スキャンだけに追われるような、形骸化した検品・仕分け作業になってしまったのだ。
ハンディ(左上写真)で、小物類だけでなく牛乳類まで検品しようとするから(中央上写真)、ケース毎に無理やりバーコードを割り振り、ひたすらバーコード・スキャンだけに追われるようになってしまった。しかも、検品者には各店別総数のみ書かれた表しか渡されていない為に(右上写真)、例えば「牛乳」「コーヒー牛乳」「のむヨーグルト」それぞれのケース数が入れ替わっていても、ケース総数は同じで、一旦その店のバーコード・シールが貼られてしまえば、そのまま検品を素通りしてしまうような事も起こるのだ。
少なくともソーターで仕分けしておれば、こんな初歩的なミスはまず起こらない。それを、ソーター導入の投資をけちって、「パソコンの代わりにワープロを導入して自動化とうそぶく」様な、形だけの「システム化」をしてしまったばかりに、逆に手間ばかり増えて全然効率は上がらない、こんな作業になってしまったのだ。
今までの話の中で、職場の体質がよく分かるだろう。最初に取り上げた「トイレのスリッパ」の話にしても(過去記事参照)、この項でも取り上げた「自己紹介も無しに現場投入」や「形だけの危険表示・館内放送・ハンディ検品」の話にしても、元を正せば全て、人を人と看做さず、単なる会社の金儲けの道具・部品・モノとしてしか見ない、元請・下請け企業の体質から来ているのだろう。そして、これは別にこの会社に限らず、日本の企業・社会全体に共通する体質だろう。
しかし、労働者はモノではない、人間だ。どんな人間にも人権はある。また、偉い人間や金持ちだけで、この国や社会が動いている訳でもない。どんな大金持ちでも、実際に下で働く人間がいなければ、モノは作れないのだから。
この基本がみんな分かっていないから、「何で俺が貧乏人の為に税金を払ってやらなければならないのだ」と居直る麻生元首相みたいな輩がのさばり、それを批判した鳩山前首相も、そんな社会を本気で変えようとはしないまま政権を投げ出してしまい、今の菅首相も「消費税増税、法人税減税」と、かつての麻生・自民党と同じ様な事を言い始めているのだ。そして、支配される側も、政財界人やマスコミにすっかり洗脳されて、奴隷根性に囚われてしまったのだ。
そこを変えなければならない。どう変えるかについては、各々が主体的に考える事であり、今ここで自分の考えを述べる事は敢えてしない。しかし、変えなければならない事だけは、はっきりしている。でなければ、アキバ・マツダ事件容疑者の矛先が、やがて雑踏や工場だけでなく、永田町や霞ヶ関、兜町にも直接向かうようになるだろう。