東北アルパインスキー日誌 ブログ

東北南部の山での山スキー、山歩き、山釣りなどと共に、田舎暮らしなどの話を交えながら綴っています。

登山の法律学

2007年08月31日 | その他山関連

最近読んだ山の本で読み応えのあった本がある「登山の法律学」 2007年7月出版。東京新聞出版局刊。これは「岳人」2004年1月号~2006年12月号に連載された「山の法律学」を改題し、大幅な加筆を加えてまとめた物です。著者は東京大学法学部卒の弁護士の溝手康史氏。自ら縦走、冬山、沢登り、山スキー、クライミングなど幅広く行い、海外でもハンテングリ(7010m)とボベーダ(7439m)登頂、カラコルムのアクタシ(7016m)初登頂、バフィン島のフリーガ2峰登攀など、輝かしい登山経歴を持つ方です。

かつては「山に法律を持ち込むべきではない」とされ、山岳事故に法律を持ち込むことを嫌う風潮が有りました。しかし、最近は登山に限らず、全般的に法律問題に対する社会の関心が高くなっており、また、ツアー登山、ガイド登山、商業的講習会、クライミングジムなどが一般化し、登山やクライミング、沢登り・山スキーなどに関して、法律を避けて通れなくなっているようです。その象徴的な出来事が大日岳訴訟だったと思います。

これは旧文部省登山研修所が2000年に実施した北アルプス・大日岳の研修登山で、雪庇の崩落による雪崩で死亡した大学生2人の遺族が国に約2億円の損害賠償を求めた訴訟は今年の7月26日、国が冬山登山の安全対策を講じることや和解金1億6700万円を支払うことなどを条件に、名古屋高裁金沢支部で和解が成立した。結果的には講師の個別的な責任は問われなかったが、民事訴訟で国側の過失責任を大幅に認めたものだった。この判決についてはいろんな意見が有ると思いますが、この判例が今後の山岳事故訴訟問題で大きな影響力を持つものと思われます。

この本は法律問題を扱ったものとしては意外と読み易く、判例もしくはケーススタディを中心としていて理解しやすい内容となっている。実際には、山岳事故で法的な責任が問われるケースは稀で、その法的な責任を認める判決も少ない。しかし最近、仲間内の登山以外のツアー登山、ガイド登山、登山講習会、学校登山などと多様化し、山岳事故については今までに無い引率者責任がクローズアップされてきている。登山中の事故の殆どはなんらかな人為的なミス(ヒューマン・エラー)が介在しています。一見不可抗力の自然現象のように思われますが、結果的に事故の原因として人間の判断ミスが問われる可能性が有ります。

登山とは、安全管理の可能な社会を離れてわざわざ危険な山岳地帯に入り込む行為です。「危険な事を承知した上でわざわざ行う」という登山の特性から、「危険な登山は、それが義務や職務で無い限り、あらかじめ了解した危険の範囲では自己責任」だとする事が要請されます。その為、登山における法的責任に関して、予め予想される危険のうち何処までが登山者の自己責任になるかが重要なポイントとなります。山岳事故においては特に引率登山と自主登山の区別は重要であり、この違いによって安全配慮義務の有無や範囲・責任の重さなどが決まってきます。

自分のような古典的な山岳会育ちの山屋は、新人の時から先輩の後に付いて行って多くの経験を積み、辛い思いの山行を重ねながら自ら技術・体力・集中力を高め、やがてリーダー格に育って多くの実り多い山行を実践出来るものと思っていた。したがって仲間内ではお互いに暗黙の了解が為されており、法律問題を意識する事などは無かった。しかし最近は事情が異なり、登山者は必ず組織的な一員である必要も無く、その長い修行期間を一気に飛ばして希望のツアー山行に参加し、最も自己満足度の高い登山を手っ取り早く実現する事も出来る。組織的なわずらわしさが無い分、自分の志向にあった登山を自由に満喫できるという点でメリットが有り、現実的なニーズも大きい事から今後も拡大すると思われ、私も決してこれを否定するものでは有りません。しかしこの傾向が強まれば引率登山での法的問題が強調されるようになり、もし事故が起こったときは避けて通れない自己責任と引率者責任問題に突き当たります。

この本は著者の豊富な登山経験に基づく実践的な内容に沿っていて興味深く、登山行為の本質に迫る様な意気込みが感じられ、大変興味深く読む事が出来ました。最近多くなった山岳・ツアーガイドさんまたは今後その方面を目指す方には必読書であり、いろんな会のリーダー格の方にも一読をお勧めします。しかし、最近資格試験で多少法律関係をかじった事はあったが、最後には流石に読み疲れてしまった。 


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