本と映像の森76 村上龍さん『無趣味のすすめ』幻冬舎、2009年3月25日第1刷、233ページ、定価1200円+消費税
活字は大きいので、定価に対する文字は少ないです。費用と効果を絶対視する浜松行革審の委員の方だったら、最初から買わないかも…。
でも、文字の多さと、内容の濃さは違うと思います。
内容は濃いので、ぼくはいい本だと思います。
たしか、去年、本屋さんに行って「本を探す散歩」をしていたときに、手にとって買ってしまった本だと思います。
たとえば「無趣味のすすめ」で「趣味は老人のものだ」「趣味の世界には、自分を脅かすものがない代わりに、人生を揺るがすような出会いも発見もない。心を震わせ、精神をエクスパンドするような、失望も歓喜も興奮もない」「つまり、それらはわたしたちの「仕事」の中にしかない」
それは共感します。
「雨宮智彦」ブログは、59才の中年の趣味ではなく、雨宮とN子さんの2人のリアルな人生そのもの、仕事(賃金労働ではないけど)そのものです。
それから、いちばn感じたのは「集中と緊張とリラックス」です。
村上さんは、集中と緊張は違う、集中はリラックスだといいます。そして「集中するためには、リラックスが必要であり、かつ自覚的でなければならない」と言います。
ぼくもそう思います。
たとえば音楽の演奏に必要なのは集中ですが、それは同時にリラックスして、自分だけの意識ではなく、聴衆の意識まで入り込んで、客観的な自分が見えていなければ、いい演奏はできないと思いますが、どうでしょうか。
緊張するとは、自分が収縮して、小さな自分1人だけになってしまった状態でしょうか。
集中するとは、リラックスして、自分を解放して、自分とみんなの客観的な状態が、広く見える、あるいは感じる状態でしょうか?
雨宮は、N子さんに「自分の意識を広く遠くまで投げて…宇宙の彼方まで、あるいは遠い未来までクリアーに見える状態になれば、解放されている、ということかなと思うけど」と言いました。
どうなんでしょうか?
「緊張する」というのは、自分の肉体の範囲内に意識が限定されてしまう状態と言うことかな。
活字は大きいので、定価に対する文字は少ないです。費用と効果を絶対視する浜松行革審の委員の方だったら、最初から買わないかも…。
でも、文字の多さと、内容の濃さは違うと思います。
内容は濃いので、ぼくはいい本だと思います。
たしか、去年、本屋さんに行って「本を探す散歩」をしていたときに、手にとって買ってしまった本だと思います。
たとえば「無趣味のすすめ」で「趣味は老人のものだ」「趣味の世界には、自分を脅かすものがない代わりに、人生を揺るがすような出会いも発見もない。心を震わせ、精神をエクスパンドするような、失望も歓喜も興奮もない」「つまり、それらはわたしたちの「仕事」の中にしかない」
それは共感します。
「雨宮智彦」ブログは、59才の中年の趣味ではなく、雨宮とN子さんの2人のリアルな人生そのもの、仕事(賃金労働ではないけど)そのものです。
それから、いちばn感じたのは「集中と緊張とリラックス」です。
村上さんは、集中と緊張は違う、集中はリラックスだといいます。そして「集中するためには、リラックスが必要であり、かつ自覚的でなければならない」と言います。
ぼくもそう思います。
たとえば音楽の演奏に必要なのは集中ですが、それは同時にリラックスして、自分だけの意識ではなく、聴衆の意識まで入り込んで、客観的な自分が見えていなければ、いい演奏はできないと思いますが、どうでしょうか。
緊張するとは、自分が収縮して、小さな自分1人だけになってしまった状態でしょうか。
集中するとは、リラックスして、自分を解放して、自分とみんなの客観的な状態が、広く見える、あるいは感じる状態でしょうか?
雨宮は、N子さんに「自分の意識を広く遠くまで投げて…宇宙の彼方まで、あるいは遠い未来までクリアーに見える状態になれば、解放されている、ということかなと思うけど」と言いました。
どうなんでしょうか?
「緊張する」というのは、自分の肉体の範囲内に意識が限定されてしまう状態と言うことかな。