駿 府 は 96 か 町

駿府はちぃっと覇気がないけぇが,御所(ごせ)っぽくていいじゃん【ごせっぽい≒平穏でせいせいしている様】

祭りの主役 「お踟(おねり)」

2014年04月07日 07時07分07秒 | まつり・イベント
4月10日、少々加筆しました。

▽ 廿日会祭の山車は、4月1日から
(最近は3日からに短縮されることが多くなった)4日までは各組それぞれ旧市内を巡行するが、
 5日には古式稚児行列に従って、すべての山車がそろって浅間神社へ向かう。



▽ 各山車は必ず与力・同心役(正装)が先導









浅間神社廿日会祭(はつかえさい)のお踟(おねり=山車の巡行のこと)では
面踊りは山車から身を乗り出して行なわれますが
静岡以外ではこのような形式は見かけないようです。

(廿日会祭とは旧暦2月20日に行なわれていたのが名の由来で
 明治の神仏分離以前は建穂寺の稚児による舞が奉納されたということですから
 仏教のお会式との融合だと思われます。)


この廿日会祭に呼応して始められたのが静岡まつりなのですが
華燭に満ちた官製の行事の方に市民の関心は向きがちで
庇を貸して母屋を取られるごとく
本来は祭りの主役であるお踟の存在感は
薄れてしまっています。

駿府城下の各町で所有されていたといわれる山車は
明治期の混乱
(江戸から徳川宗家が移封された地である駿府は逆賊側の立場)
戦前の静岡大火、戦争による空襲を経て多くが失われ
現在は、近年建造された1台を加えてもわずか5台で
数年前まであった牛による山車の牽引
(山車を牛が曳く例は江戸、京都、駿府にしかないという)
なくなってしまっています。

また、各町の所有でなくなって
神社側からの貸与のような形になってしまったため
山車そのものに対する愛着も
他市の祭りに比べきわめて稀薄となってしまっています。

静岡まつりの日程も
かつては廿日会祭に合わせて4月1日から5日だったものが
4月初めの土曜・日曜に設定されるようになったため
暦の関係で廿日会祭と合わない年さえあります。


▽ 6日に実施された市庁舎前での踟勢揃い:神武天皇を載せた現存するなかで最も大型な山車(宮ケ崎町が所有していたという) 


それでも今年は昨年とは少しばかり違いがありました。
廿日会祭の方が静岡まつりに合わせたのか
日程を1日延ばして6日(日)までになったことです。

その結果、家康公が家来を引き連れた花見の行列を再現したという
大御所花見行列に合わせて、市庁舎前でのお踟の勢揃いが実現したことです。

(昨年は行われなかった)

大御所花見行列の前座のような扱いは
本来の主従が逆転したようでどうかと思われますが
奇をてらうものにばかりに一所懸命で
伝統行事にあまり興味をしめさない市当局にしては
この程度でも上出来だというべきなのかもしれません。

それにしても伝統行事であるお踟の巡行に対して
牛による山車の牽引の復活や
ややくたびれているものがある一部の山車の三方幕の更新に援助するぐらい
してもいいのではと思われます。

話は少々違うのですが
大御所花見行列は
行列の最後がどうも尻すぼみな感じで締りなく
なんだこれで終わりかという印象です。

そこで市で家康公又は竹千代君の人形を載せた
少人数でも曳くことができるようやや小ぶりの山車を制作して
行列のしんがりで有終の美を飾れば
楽しいものになるのではないでしょうか。

お囃子や面踊りの伝統を受け継ぐ意味でも
意義があると思うのですが・・・・。

(川越市の祭りでは、静岡と同じ江戸型の山車が曳きまわされますが
 市所有の山車もあり、山車を所有しない町の子供たちが参加できるようです。)


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コメント
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