忘れ人の独り言

明治生まれの両親がさりげなく生きていた姿が今,私に語りかけてくる。

支えあいの一歩から

2011-06-17 | 生き方を学ぶ

中高年男性の一人暮らしが増えていて近い将来4人に1人が単身者になるという。男性の生涯未婚率も高くなりこれも将来3人に1人が独身者。理由は女性の経済力が増したことや非正規雇用による低収入、コンビニや外食産業の普及によって食事に不自由しなくなった新聞に載っていた。

戦後は何よりも「個人としての自由」が重点におかれて生活してきた。大きな家があっても若い夫婦は別居を望み出て行くことが多いし又その両親も若い夫婦に気を使って暮らすより二人だけのほうが気楽だと別居を望む。その結果親たちのどちらかが一人になった場合でも子供たちには家があり、一緒に住むことも難しい。年老いた一人暮らし、結婚しない一人暮らし。個の自由が今何かを突きつけてくるように思えてならない。

個の自由を重視するあまり大切にするべき人と人のつながりまで薄らいでいく傾向にありはしないだろうか?

新聞にあるように新しい絆も大切にしながら、これまでに失ってきた何かをもう一度思い起こすことも忘れてはならないように思う。そして忘れてきたものが判ったとき、どうしてそうなってしまったのかという検証もしなければならないだろう。

私の小さかった頃は戦後まもなくということもあり、母親は近所の人たちと集まって傘の内職をしていた。月末になると家計が苦しくて少額のお金の貸し借りもあったように思う。又,私がおもちゃのピアノをほしがっているのを聞いた近所のおばちゃんは自分の所も苦しいのにそのおもちゃを買ってきてくれたりした。

母親に叱られると近所の家に逃げて行ったり、おじさんにお化け屋敷に連れて行ってもらったり、麦ご飯を呼ばれたり、唯一内風呂のある家でお風呂に入れてもらったりと地域の人たちとの触れ合いが子供も大人も蜜にあったように思う。

人と人とのつながりは生きていく上で一番重要なことなのだと思うが、その繋がり方を基の家族から見直していくことが必要な気がするが・・・。