「秋の温泉宿で」
○すすき
白いお湯の面では
首を伸ばし
青空に手を振るすすき
ほんとうは天に向って
伸びてゆきたいのだろうに
その意気地が秋にくじかれて
俯いたまま
お湯の中にだけ
すすきのほんとうの気持ちが
淀んだままだ
○川の瀬
流れが岩を乗り越えるとき きらりと光る
そうしてするりと乗り越えてゆく
流れは岩を乗り越えることを楽しんでいる
僕も苦しみを乗り越えるごと
明るく光りたいのに
○赤とんぼ
柵の上に止まり
向かい合う赤とんぼ
その複眼には
一体 どんな僕が映る
それも僕だとて
どれがほんとうの僕だろうか
お前が言葉を持つものならば
頭を下げて教えを請いたい
○ブナの林
ブナの葉の隙間から零れ落ちる
太陽の陽射しは柔らかい
まぶしいことは 嬉しいことだと知る
○黒い蝿
突然 空から落ちて
白い湯船に沈んだ黒い蝿
吊るされた裸電球に
目がくらんでしまったのだろうか
思いがけない失速 操舵ミス
救い出そうと
湯船をかき回して指先に
飛び上がろうとはしない黒い蠅