モノの質や組織の格を見極めるための公平な認定は、専門知識を持たない人のために役立ちます。
認定するほうは、持っている知識を使うだけのことですから、事務手続きに必要な経費が補償されれば対価は元来必要とされないはずです。
ところが世の中では、認定料という根拠の不確かな料金授受が実際に行われています。
認定してあげることができるという能力が、権威という立派そうな包装をほどこされて販売されます。
これは、権威ビジネスと名付けることもできそうです。
権威ビジネスが成長の波に乗ると、とんでもない認定業務も生まれます。
「核保有国認定」という国際ビジネスもそのひとつです。
むかし物好きな科学者が、もし実際に使えば地球全体が破滅に至るかもしれない物騒なものを作ってしまい、他民族の人の命を塵あくたのようにしか考えない野蛮な指導者の号令で、よせばよいのに人体実験まで行われました。
「核」という危険物は、人間の頭の核の働きにまで悪影響を与えています。
持っている核の強さが国力の象徴になり、その強化競争が抑止力になるという理屈が生まれ、それが常識であるかのように喧伝されます。
核を持った国が、実際にはすでに持っている国に対し、持ってよいかどうかを認定するという、珍妙な権威ビジネスが、ほぼ真面目な顔で行われます。
人類は認定という行為を権威の表明に利用し始めたとき、成長が減速されました。