「紳士協定」というエリア・カザンの古い映画があります。
紳士協定は、公式の手続きや文書によらず、互いに相手が約束を履行することを信用して結ぶ取り決めです。
約束は守られるものという通念が、地球上のどこにでも同じ厚さで広がっていると思っていられる人々は幸せです。
ところが、地球上には、約束はごく自然に守られるものという思いが、全く通じないところもあります。
そこの人々は、約束を結んだ後に目の前に現れた状況への当面の利不利の判断が、約束を守ることよりも優先します。
約束したことが間違いだったと思えば、なにも不自由はありません。
そのほうが自然であると思っている人々に、約束を守ってくださいなどと呼びかけても、相手には決して通じません。
約束を守りましょうという呼びかけが、紳士の振る舞いとして共感を呼び、やがて地球上から約束を違えることが消えてなくなっていくだろうと願う人々もいます。
けれども、その一途の思いは、それを思うことが幸せという自分への慰め以外には何ももたらしません。
未開とは言えない国々で、2千年もかけて普遍の原理のようになってしまっていることは、ほかの国からの力で変えてあげようなどと考えても、期待できる効果などありえません。
外交での紳士気取りは、それにあたる人の気分がよいだけのことです。
国にとっても、大多数の国民にとっても、何もよいことはありません。