多様性は、望ましいような、反面厄介ごとを呼び込みそうな、あやふやさのある概念です。
多様性が尊重にあたいするのは、あるものごとが、元来の目的を失わずに行われる場合に限ります。
何でもかまわずいろいろがよいとすれば、その中の一つに底力をもった色があったとき、すっかりそれに塗り替えられてしまうこともあります。
人間が活動する場に、誰でもどうぞの度が過ぎると、言葉たくみに工作できる人が送り込まれ、周りの人の頭の芯に、他国の野望を満たす文化畑が出来上がることもあるでしょう。
そしてその文化畑は丹念に耕され、そこは国とは名ばかりの、大野望が幅を利かせる大市場と化し、もといた人が邪魔になれば、何万人もが一度に処分されることが起こりえます。
強烈な意思を持った人間の凶暴性は、何千年の歴史をもってしても、浄化しつくすことはできていません。
むやみに何かの概念を旗印にすることには、よほどの注意が必要です。