命。
「いのち」と「めい」と読む。
いのちながらえて、めい倦むことなく。
めい死ねども、いのち死なず。
皮膚のメタボリズム、新陳代謝は、約30日。命(めい)を全うすると皮膚は死ぬ。
しかし、人の命(いのち)は、それによってこそ、永らえる。
一番長いといわれる肝臓細胞でも、7年で全ては死に絶え、生まれ変わる。
老子は、功遂げ身退くは、天の道なり。と言った。
命(めい)を終えたならば、すっきりと死ぬることが、命(いのち)を保つことなのだ。
生活にしても、仕事にしても、人付き合いにしても、関わりあうという事は、そこにはなんらかの命(めい)が生まれる。
可不可成功失敗是非善悪関係なく、必ずや命(めい)果つる時は来る。
そのときは、すっきりと死ぬるべし。止まる心を捨つるべし。
命脈を保つの一番の方法である。
と、大無量寿経では述べているようだ。
今、死んだ。
どこにもいかぬ、ここにおる。
たずねはするな。ものはいわぬぞ。
つまり。西洋風に言うと、千の風に乗るのである。
「私のお墓の前で、泣かないで下さい。
もう。私はここに、眠ってなんかいません。
千の風になって、この広い空を吹き抜けています。」
というような歌詞であったろうか。
きっぱりとした、清涼感が残る。
生と死は一本の線である。
このような観点にたちえた人に、
「人生を束縛するようなものは、もはや何も無い」
である。