(像/若山牧水)
それほどにうまきかとひとの問ひたらば何と答へむこの酒の味
真実、菓子好きの人が菓子を、渇いた人が水を、口にした時ほどのうまさをば酒は持っていないかも知れない。一度口にふくんで咽喉を通す。その後に口に残る一種の余香余韻が酒のありがたさである。単なる味覚のみのうまさではない。
無論口で味わううまさもあるにはあるが、酒は更に心で噛みしめる味わいを持っている。あの「酔う」というのは心が次第に酒の味をあじわってゆく状態をいうのだと私はおもう。この酒のうまみは単に味覚を与えるだけでなく、ただちに心の栄養となっていく。乾いていた心は潤い、弱っていた心は蘇り、散らばっていた心は次第に一つにまとまってくる。
酔ひ果てては世に憎きもの一もなしほとほと我もまたありやなし
わたしは今年が世にいう大厄であった。それまでよく身体が保てたものだと他も言い自分でも考えるくらい無茶な酒の飲み方をやってきた。この頃ではさすがにその飲み振りがいやになった。いやになったといっても、あの美味い、言い難い微妙な力を持つ液体に対する愛着は寸毫も変わらないが、この頃はその有難い液体の徳をけがすような飲み方をしているように思われてならないのである。
湯水のように飲むとかまたは薬の代りに飲むとかいう傾向を帯びてきている。そういう風に飲めばこの霊妙不可思議な液体はまた直にそれに応ずる態度でこちらに向かってくるようである。これは酒に対しても自分自身に対しても実に相済まぬことと思う。
そこで無事にこの歳まで生きて来た感謝としてわたしはこれからもっと酒に対して熱心になりたいと思う。作ること、読むこと、共に懸命にならうと思う。一身を捧じて進んで行けばまだわたしの世界は極く新鮮で、また、幽邃であるように思われる。それと共に酒をも本来の酒として飲むことに心がけようと思う。
そうすればこの数十年来の親友は必ず本気になってわたしのこの懸命の仕事を助けてくれるに相違ない。
(参照/出典)
それほどにうまきかとひとの問ひたらば何と答へむこの酒の味
真実、菓子好きの人が菓子を、渇いた人が水を、口にした時ほどのうまさをば酒は持っていないかも知れない。一度口にふくんで咽喉を通す。その後に口に残る一種の余香余韻が酒のありがたさである。単なる味覚のみのうまさではない。
無論口で味わううまさもあるにはあるが、酒は更に心で噛みしめる味わいを持っている。あの「酔う」というのは心が次第に酒の味をあじわってゆく状態をいうのだと私はおもう。この酒のうまみは単に味覚を与えるだけでなく、ただちに心の栄養となっていく。乾いていた心は潤い、弱っていた心は蘇り、散らばっていた心は次第に一つにまとまってくる。
酔ひ果てては世に憎きもの一もなしほとほと我もまたありやなし
わたしは今年が世にいう大厄であった。それまでよく身体が保てたものだと他も言い自分でも考えるくらい無茶な酒の飲み方をやってきた。この頃ではさすがにその飲み振りがいやになった。いやになったといっても、あの美味い、言い難い微妙な力を持つ液体に対する愛着は寸毫も変わらないが、この頃はその有難い液体の徳をけがすような飲み方をしているように思われてならないのである。
湯水のように飲むとかまたは薬の代りに飲むとかいう傾向を帯びてきている。そういう風に飲めばこの霊妙不可思議な液体はまた直にそれに応ずる態度でこちらに向かってくるようである。これは酒に対しても自分自身に対しても実に相済まぬことと思う。
そこで無事にこの歳まで生きて来た感謝としてわたしはこれからもっと酒に対して熱心になりたいと思う。作ること、読むこと、共に懸命にならうと思う。一身を捧じて進んで行けばまだわたしの世界は極く新鮮で、また、幽邃であるように思われる。それと共に酒をも本来の酒として飲むことに心がけようと思う。
そうすればこの数十年来の親友は必ず本気になってわたしのこの懸命の仕事を助けてくれるに相違ない。
(参照/出典)