毎日がちょっとぼうけん

日本に戻り、晴耕雨読の日々を綴ります

「中国人と日本人のバスを待つ心構え比較」 2013年11月15日(金) No.797

2013-11-15 21:06:26 | 日本中国比較
今朝、8時15分~25分ごろ来ることの多い520番バスが、
8時6分に宿舎前のバス停に来ていた。
私はバス停に向かう横断歩道を渡る途中でそれを発見し、走った。
バスが発進して数メートル進んだところにダッシュして手を振ったが、
運転手は無視して行ってしまった。
既に発進したバスに乗せてくれなどということは、
日本に居た時はしたことがないが、
ここでは多くの人がそうするので、
私も真似をしている。

市バスが行ってしまった後、久しぶりの朝の太陽を木の陰で避けながら、
ふと(なぜ日本の人々はバスを深追いしないのか)と思った。
理由は簡単だ。次のバスが確実に来るからだ。
ここではそうはいかない。
今度いつ来るか分からないので、少しでも可能性があるなら
捨て身で体当たりしてでも乗る努力をするべきなのだ。
実際、乗せてくれる運転手さんも時々いる。
乗れなかったからといって、中国の人々は怒らない。
いつ来るか分からない次のバスをただ、気長に待っている。
本当に、いつ来るかは運転手の勝手としか言い様がないほど、
不定期的で予測がつかないことが多い。

もし、こういうことが日本で起ったらどうだろう。
前のバスをあっさり諦めた人も、次が時刻通りに来ないと、
黙ってはいてもイライラ感が相当に募るのではなかろうか。
当然の権利が蹂躙されたような気分に近いものが、かつて私にもあった。
バスが定期的に時刻通りに来ることが、当たり前であるとされる日本では、
人間の耐久力は弱い、少なくともここの人々に比べて。
いつ来るとも知れない次のバスを待つ間、
ぼんやりそんなことを思って楠の幹の陰に立っていた。


コメント
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