毎日がちょっとぼうけん

日本に戻り、晴耕雨読の日々を綴ります

「ちらっと見の上海の街」2014年11月10日(月)No.1025

2014-11-10 21:41:08 | 旅行

夕方5時に浦東空港から大阪関空行きの飛行機が出発するので、

余裕を見て2時には空港に着きたいと言うと、立君さんが2つ提案した。

1つ、午前中地下鉄で豫園に行き、見学する。

2つ、昼にお兄さんのアパートに帰って、周さんが会社の車で来てくれるのを待ち、

近所の美味しい鴨肉ミーフンを食べる。

ということで、評判の豫園に行きたかった私はホクホクした。

 

↓出発前の朝の上海住宅地(お兄さんのマンションの窓から撮った)。

(なんか違和感感じるなあ)と思ったのは電線の束のすごさだ。

 

↓豫園には全世界から観光客が押し寄せ、たいへん混んでいた。

中国はどこの観光地もこうなのだ、と諦めなければならない。

  

 

元々、明代の役人がお父さんのために18年間もかけて建てたという庭園で、

ようやくできた時、肝心のお父さんは亡くなっていたという。

その後、一時荒廃するが、清朝(乾隆帝)時代に再建され、

さらに紆余曲折を経て、1982年、国務院より全国重点文物保護単位と指定された。

上海様式と言われる建築が歴史的雰囲気を伝えている。

   

   

 

 庭園の一角にそびえたつ銀杏の木。樹齢400年だそうだ

  

「郭沫若」の署名があるので彼の直筆文だろう。癖字だな。

文字には性格が映し出されるというが…。

 

↓庭園の職員が洗濯物を隠そうともせず、干している(もちろん庭園の中)。

これは何もここだけに限ったことではない。

あちこちの国家的重要文化財に指定されたところでも、人々は平気で

赤いパンツなどを乾かしていたりする。

日本(特に本州)ではそういうことを絶対しないと思う。

良し悪しではなく、おもしろい違いだ。

 

↓何と、豫園にうちのクロちゃんとそっくりな猫がいた。

うう、クロちゃん、久しぶりだね~~

  

 

 

さて、豫園の外は「豫園商城」と呼ばれ、お土産屋さんなどが立ち並ぶ。

面白かったのが、これ。↓

赤い丸の中に黒い眼鏡のようなのがあり、そこを覗くと紙芝居が始まる仕組みだ。

客が6人そろうと、右端のマイク装備の男性が野太い声で、非常に巧みに昔物語を語り出す。

中国非物質文化遺産に指定されているとのこと。お代は20元だったかな?

 

  

 

↓日曜日で家族連れも多い。肩車の男の子のヘアスタイルは、

今、中国の流行りのようだ。

 

かつら屋さんのマネキン、ここまでリアルにしなくても…。

 

ふう、やれやれ、駆け足で連れて行ってくれた余立君さん、

本当にどうもありがとう。

↓マンションに戻り、インドネシアで買った辛い海苔を、

とても美味しいと言って食べる立君さん。

やはり、江西省人だな。

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