毎日がちょっとぼうけん

日本に戻り、晴耕雨読の日々を綴ります

「沖縄の人たちに中国庶民の心を伝達したところ…」No.1588

2016-02-08 09:30:30 | がんばろう沖縄

↑大浦湾、瀬嵩の浜近くまでやんばるの豊かな森が迫っています。


中国から冬休みで帰省する前、

「沖縄の新基地建設に反対している人たちに連帯するため沖縄に行く」

と言ったところ、菏澤学院の教え子の一人から

「平和を愛する日本の人たちの活動に賛成します」とメールが来ました。

また、青島ECCの田先生も、

「ぼくも座り込みに行きたいぐらいですよ」

とおっしゃっていました。

↑瀬嵩の浜。「ボーリング調査が終わったら直ちにフロートを撤去しなさい」という

翁長知事の指示を無視し、まだそのまま放置している防衛局。


以前の職場、江西財経大学の学生・卒業生たちからも、

「母は、『絶対戦争をしたらだめだ。せっかくここまで経済発展して生活が安定してきたのに、

また戦争になったら今までの苦労が全部無駄になってしまう。』と言っています。」

「日本で平和のために行動している人たちのことを会社の朝会で紹介しました。」

「日本を知れば知るほど、日本の人々が平和を愛していると分かりました。」

「戦争を煽る政治はだめです。平和を願うことは人間として当たり前のことです。」

等々、私は中国で人々の平和を愛する声しか聞いていません。

つまり、中国の庶民は誰も日本を攻めよう、攻めたいなどと思っていないのです。

これは、ここ5年間のブログの中で私が何度も書いてきたことです。

 

「中国が攻めてきたらどうする」と、日本政府は煽っていますよね。

実はそれと同じことが、中国にもあります。

中国杭州郊外の農村の民宿に泊まった時に、マージャンをしていたおじさんたちから、

今度日本が攻めてきたら、中国は絶対負けない。

中国は最新兵器を備えているからな。」

と言われたことがあります。

また、昨年の天津化学工場の爆発のときには、

「日本がまた攻めてきたのかと思った!」

という感想も聞かれました。

尖閣諸島の国有化問題以来、

日本が再び領土拡張に乗り出してきたと感じている人も多いのです。

それは日本が1972年周恩来・田中角栄会談以来の棚上げ論をかなぐり捨てたからです。

中国がどんどん日本の領空を侵犯しているじゃないかと言う人がいますが、

その数値は時系列で見なければ真実が見えません。

また、領海侵入と領空侵犯では意味が異なります。

領空侵犯は2012年、

当時の石原慎太郎東京都知事の東京都買い上げ画策と、

それに追い詰められた野田佳彦首相が、

あれほど胡錦濤主席が釘を刺したにもかかわらず、

9月に尖閣国有化した後、12月に初めて為されたことです。

あの国有化宣言は

長年中国で頑張り続け、一歩いっぽ地元の信頼を築いてきた

日本人ビジネスパーソンたちの心にも刺さりました。

「O・K・Y」・・・〈お前が、来て、やってみろ〉という言葉が囁かれたものです。

今でも私は、あの時、周恩来・田中角栄のように、

野田首相が胡錦濤主席と腹を割って話し合い、外交で解決できなかった

その政治的手腕のなさを返す返すも残念に思います。

胡錦濤は江沢民とは違います。

そして何度も中国はサインを出していました。

話し合いが実現すれば何とかなった可能性があったのです。

・・・・・・ため息。

 

「中国が攻めてきたらどうする」

「また日本が攻めてくるかも知れない」

これらの発言の後ろに、

国家の威信と、戦争させたい人たちの腹黒い計算を感じます。

どこの国でも、庶民は誰も戦争で人を殺したり、殺されたりしたくないのです。

 

「中国の庶民はみんな平和を愛しています。」

キャンプシュワブ前で座り込んでいる人たちにそう報告すると、

期せずして拍手が沸き起こりました。

何よりも平和を希求しているのが、

辺野古基地建設反対の闘いを続けている人たちです。

「国家が煽動してもだまされないで、

庶民は庶民同士、仲良くしないとだめだよね!」

と声をかけてくれる人が何人もいました。

「昔から沖縄は中国とずっとつながりがあるのよ。

琉球は日本からは侵略されたけど、中国からはされていない。

私たちが中国に敵愾心を燃やす理由など一つもないわ。」

と、語ってくださった年配の女性もいました。

この言葉をまた、中国に持って行こうと思います。

「いちゃりばちょーでー(出会えば友達)」

「ぬちど たから(命は宝物)」

とともに。

 

「ぬちどうたから」の画像検索結果

 

 

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「中国からの便り~春節の支度~」No.1587

2016-02-07 21:58:46 | 中国事情

昨夜、沖縄から関空に戻り、LCCターミナルからシャトルバスに乗る時、

案内係の男性が

「今、第一ターミナルは春節休みで中国からの旅行客が溢れて

たいへんなことになっていると連絡ありましたわ。一番前に座った方がよろしいで。」

と、教えてくれました。

そうか、中国は8日から春節なんですよね。

そう言えば沖縄まで山東省菏澤の学生がメールを送ってきていました。

肉まんの写真を添えて。

春節前の中国の家庭の様子が垣間見られる部分をご紹介しますね。

この学生(楊芬さん)は、勉強ばかりしていたためか、

小さい頃から家事手伝いはほとんどしていなかったと本人も認めています。

でも、農繁期である国慶節(10月初め)には家に帰って農作業をしていました。

―――――――――

私は、家に帰ってから今日まで、1日中家にいるだけで、

意味が無いことばかりをしております。

とっても恥ずかしいです。

近頃、春節が近くなってきました。

だから、父と母は毎日、様々な準備をしています。

毎年全く同じです。

毎日、新しい物を見て、私は嬉しくなっています。

例えば、私は今朝起きた後、

一塊(ひとかたまり)の大きな豚肉を見て、びっくりしました。

というのは、今年の豚肉は、大体1キロ28元だからです。

そんなに高い値段なのだから父の買った豚肉は、

少なくとも140元ぐらいはするだろうと思います。

私はあまり豚肉が好きではないです。

しかし、父母と弟は、豚肉が好きです。

さらに、春節の飲食に豚肉は欠かせません。

だから、私は文句を言わないです。

嬉しいことには、父は私の大好きな魚も買ってくれました。


下は、今日作った肉饅頭です。

肉饅頭の中身には、

ネギ、しょうが、大根、豚肉とじゃがいもで作る細長い物などがあります。

まず父母はそれらを切って炒めておきます。

次は、炒めた物を中身にして作ります。

その過程に私は何もできませんから台所で火を炊いていました。

作りたての肉饅頭が一番おいしいです。

だから、私は2個食べました。

祖父母は、年を取って腰が痛いから、肉饅頭を作るのは、ちょっと無理です。

だから、我が家では、その肉饅頭を祖父母も一緒に食べます。

嬉しいことは今年、父の切った豚肉が小さくてとってもおいしいです。

でも、母の切った豚肉はいつも大きく、ちょっとおいしくないです。



さて明日、私は友達の結婚式に参加します。

だから、朝6時ぐらいに起きなければなりません。

朝に弱い私にはちょっと困難ですが、しょうが無いです。

初めて友達の結婚式に出席するので、うきうきしています。

―――――――――

山東省では、春節の間中、毎日餃子を食べる家庭や、

楊芬さんのお家のように肉まんじゅうを食べる家もあるようです。

中国では春節(お正月)には、どんなことがあっても家に帰って

家族が一堂に会し、団らんの時を過ごすのが昔からの伝統ですが、

近年では、都市で働く子どもが、仕事で忙しいことを理由に、

親の待つ故郷の家に戻らないという事例も増えてきているようです。

菏澤学院の4年生の中にも、研修先が遠い遼寧省なので

山東省の家に帰らないという子もいます。

日本もかつてこの道を辿ってきたことを振り返って想います。

私たちが得てきたものと、失ってきたもののことを。




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「辺野古ゲート前ブロック積みの顛末」No.1586

2016-02-06 23:35:01 | がんばろう沖縄

キャンプシュワブにはゲートがいくつかあり、

この写真(緑のフェンスと蛇腹開閉門)の場所は

「工事用ゲート」と呼ばれています。

写真の沖縄県警の車が3台置かれているところに1月22日から一週間、

毎日ブロックが積まれたのです。


金曜行動・ブロック積みについての経過

どうしてブロックを積み始めたか、山城さんや高里さんからお聞きしました。

つまり、こうです。

2週間前の水曜・木曜行動(20・21日)は400人以上が結集して座り込んだので、

機動隊は座り込みを一度も排除できず、従って、工事車両は基地に入れなくて

阻止行動は大成功でした。

しかし、その反動で人数の少ない金曜日(1月22日)は、

今だかつてなく1日5回も座り込みを襲い、引き抜き、

暴力的に弾圧してきました。

あまりの暴虐に怒った沖縄県民・支援者が

ゲート前にブロックを積み上げたというわけです。

それが奏功し、機動隊はブロックをどかす作業に追われました。

 

フェイスブックやツイッターでブロック積みの闘いを知った全国からも、

早速、2000円の送料(ブロックそのものは1個90円)をかけて

続々とブロックが送られてきました。

高里鈴代さんがニコニコしておっしゃるには、

ブロックにメッセージや絵をかいて送ってくれた人もたくさんいたし、

中には居ても立ってもいられなくなった親子が、千葉だったか茨城から

飛行機で飛んできて、那覇で200個ブロックを買い込み、

レンタカーで運んできたということもあったそうです。


ブロックを積んで機動隊が移動し、それをまた積み上げ、また移動する日々は、

一週間続きましたが、ついに次の金曜日(1月29日)には、

苛立った機動隊がブロックを逮捕するという珍妙な手段に出て、

今ブロックは人間でもないのに「公務執行妨害」の罪名で

名護警察署に移送され、

それでなくても狭くて車を停めるスペースの少ない名護署の駐車場に

積み上げられているとのことです。

 

ブロックを積んだ場所には沖縄県警の大型車が3台並べられ、

その前や、車と車の間に座り込む人たちに対して、

わざとアイドリングして嫌がらせをするという、

心底意地の悪い機動隊でした。

 

↑座り込みで頑張る人達は、沖縄県警の車に基地建設反対のボードを飾り、

「辺野古に基地は作らせない」「アベ政治を許さない」ステッカーや

ジュゴンのシールを貼って有効活用しています。


 

剥がされると、今度は下に立てかけたり・・・。

 

「どうして剥がすの?剥がさないで。」

とにこやかに抗議する女性。


テントで座り込みしている間も、

外で通り過ぎる車にアピールする人もいます。

通り過ぎる時、クラクションをプップッと鳴らしたり、

手を振ってくれるドライバーも多いのです。

 

↓座り込んでいるところに、パン屋さんがトラックでパンを売りに来ました。

「もちろん僕も基地建設反対です」と言って。

写真撮らせて、と頼むとわざわざマスクを外してくれる律儀なパン屋さんでした。

 

今回は、テント脇にむしろ旗がたくさんありました。

『たっぴらかそう!』とは沖縄の言葉で、

『踏んづけてぶっ潰してしまおう!』という意味だそうです。

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「山城ヒロジさんの辺野古反基地闘争」No.1585

2016-02-05 23:25:36 | がんばろう沖縄

山城ヒロジさんという辺野古反基地闘争のリーダーの魅力は誰もが認めています。

今回の3日間は、元気に復活して現場に戻ったヒロジさんを身近で感じることができました。

ここでは端的にヒロジさんの闘い方(生き方)が示されるエピソードを挙げたいと思います。

〈その1:アルソック(民間警備会社)社員に対して〉

先日、アルソックの社員の一人が座り込みをしている横を通り過ぎた時、

ヒロジさんに対して3回ほど頭を下げて行ったのを見ました。

(すごい影響力だなあ)と思いつつ、それでも、

どうしてこんなに現場で対峙している相手から頭を下げられるのか、

ヒロジさんの人格を察知することができるほど現場は甘くないのでは…とも思ったのです。

今日、雨の中立ち尽くす民間警備会社アルソック社員を道路の向こうに見ながら、

私たちはテントの中で雨に当たらず座り込みをしつつ、

いろんな方がたの実に面白い話を聞いたり、歌を歌ったりして、

交流を続けていました。

雨が降って、沖縄にしては気温が上がらず、テント内で座っていても

寒さが足から腰から背中からじわじわと沁み込んできます。

私は一番前の椅子に座っていたので、

真正面に雨に濡れてずっと同じ姿勢で立つ人たちの姿が否応なく目に入ります。

ひたすら交代の時間(2時間おき)を待っているのでしょう。

休憩時、今日のリーダーの高里鈴代さんに

「ずっとあの人たちを見ていたら気の毒になってきました」と言うと、

鈴代さんは次のような話をしました。

「以前は、雨の日でもアルソックは職員に雨合羽を着せていなかったの。

今日以上に激しい雨の日も濡れ鼠で立っているアルソック職員を見て、

ヒロジさんは激怒し、

『今は闘いを一時ストップ、タイムを取る。

だから、アルソック警備保障会社は職員にレインコートを着せなさい。

直ちに!』と会社に連絡したのよ。」

・・・・・・。

アルソックは始め、工事運搬車両の出入りに際しての安全保障を担当していたのですが、

しだいに警察の下請けみたいに業務が変化してきたと思うときがあります。

警察が米軍の下請になっているのと同じ構図です。

攻防が激しくなると、

アルソックと座り込みの人々の関係にも緊張感が生まれます。

にもかかわらず、アルソックの職員は山城ヒロジさんには一目置いている、

その訳が一気に分かった話でした。

そんな話がヒロジさんには山ほどあるんですよね~。


今朝、暗いうちからテント前に並んだ警視庁機動隊には

「今、工事はしていないんだ。君たちはただ飯食いだ。

仕事をしているふりをしてこんなところに並んでいないで、

さっさと東京に帰りなさい!」

と叱りつけていました。

 

 

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「辺野古ゲート前木曜行動」No.1584

2016-02-04 22:03:17 | がんばろう沖縄

早朝5時50分キャンプシュワブ前に到着しました。

山城ヒロジさん、糸数慶子さん、高里鈴代さんの姿が薄闇の中に確認できました。

6時、工事用車両が出入りするゲートに移動して椅子を準備し、座り込みました。

「座り込み」と言っても地べたに座るのではないので、

皆さん、参加しやすいですよ~。

6時半。すっかり明るくなりました。

まず山城さんの一声です。

 

糸数慶子さん、朝一番の挨拶です。

島尻あい子が国会議員の身分を利用してもう実質的選挙活動をバリバリこなしていること、

そのやり方の利用主義、厚顔無恥さを批判しつつ、

選挙の体制構築を急がなければならないと緊張感あふれる話をされました。

 

次は、『チョイさんの沖縄日記』でお馴染みのキタさん。

土木建築の専門家として、

次にアベ政権側が何をしようとしているかの緻密に分析しました。

チョイさんのブログを読むと詳しく書いてあるので、

辺野古基地建設工事の現状について知りたければ是非読んでください。

『チョイさんの沖縄日記』http://blog.goo.ne.jp/chuy/e/

 

これから工事は第2ゲートが重要になるとのこと。

さっそく移動して、機動隊に予告(^_^;)しました。

このゲート内には弾薬庫があり、

この弾薬庫の武器が中東の人々を殺しているのですと。

オール沖縄共同代表の高里鈴代さんにお聞きしたのですが、

イラクのファルージャ攻撃に派遣された米軍の3分の2は

沖縄基地からの出撃だったそうです。

 

第2ゲート前です。

 

歴史を遡ればあのベトナム戦争のときもアメリカ軍兵士たちは

 

沖縄から飛び立っていきました。

 

辺野古キャンプシュワブの米兵たちの中には、基地の傍のバーで、

 

一晩で給料全部を使い果たして飛び立って行った人もいたそうです。

 

二度と帰って来られないかも知れないからです。

見送る立場に立たされたバーのママさんは心中、

米軍兵士も可哀そうだし、ベトナムの人たちにも気の毒だし、

何とも簡単に言えない気持ちだったと読んだことがあります。

かつて賑やかだったキャンプシュワブ傍のバーなどの歓楽街は

今は全くありません。

 

今日の有名人の中に(他にもたくさん、三上智恵さんとか)は、

ジャン=ユンカーマン監督(『うりずんの雨』『老人と海』)と

反戦政治家ダグラス=ラミスさんがいました。

ユンカーマンさんは、社会変革の力になる映画を作成してきました。

今は『うりずんの雨』をアメリカ向けに編集しているそうです。

沖縄のことをほとんど知らないアメリカ人に伝えるために。

ゲート前の座り込みや市民の声を取材しているとのことです。

下はそのユンカーマン監督を取材する琉球新報辺野古班の記者。

沖縄タイムスと琉球新報は毎日、ゲート前に張り付いて取材しています。

ダグラス=ラミスさんは、いつもの「入口」を

ゲートフェンスに貼り付けていました(後ろのフェンスの白いもの)。

米軍によって閉ざされた基地に対し、

「どこからでも入れるんだよ。ここは沖縄。沖縄の人のものだよ」

というメッセージを込めて。

ヒロジさんの発案で記念撮影会。

しかし、有名人もそうでない人も、

ゲート前では同じく主役です。

今日は「うたごえ新聞」「熊本グループ」「新潟の中学生グループ」

「高校生グループ」はじめ、

「イマジン」の替え歌「ひま人」の歌や、しみじみ歌った「二見情話」、

どこからかは聞き逃した南京玉すだれの観音様など、

今日も楽しい集会が続きました。

機動隊による午前中のごぼう抜きなし、午後もちょろっと移動させられただけで

水曜、木曜行動は工事車両もほとんど入れずにすみました。

(工事していないからでしょう)。

 

「二見情話」の名歌手。沖縄の赤木圭一郎と呼ばれていました。

 きょうは道路の向かい側で参加の島袋文子さん。

南京玉すだれの福々しい「観音様」。

ワルツとルンバ。座り込んでいる人には運動不足解消になりますね。

しかし、年配者たちは「いいえ、結構です」と席を離れませんでした(笑)。

もちろん私もです。

とまあ、こんなんで一日が終わりました。

 

〈付録〉ジャン=ユンカーマン監督作品「日本国憲法」

https://www.facebook.com/misako.matsubara.18/videos/732793146851595/

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「歌い踊る辺野古の反基地闘争」No.1583

2016-02-03 21:13:01 | がんばろう沖縄

昨夕、懐かしい大浦湾(瀬嵩)の「海と風の宿」に着き、

宿の犬『グナア』との再会と海への散歩、そして軟便(いや、グナアですよ)。

昨夜は、かつてスタッフとして滞在した宿に

お客になって泊まるという待遇改善?に慣れず、

シンクの周りをゴシゴシこすったり、バスルームのタイルの目地に注意が行ったり、

ちょっとこんがらがったりしたんですが、

宿の外にまだハイビスカスが咲いているのが驚きでした。

下は昨年の6月にも花を咲かせていた樹なんですよ!

葉が黄色く変化しているのは、この間の霰が降るような冷え込みの所為でしょう。

 

今朝は6時50分にキャンプシュワブゲート前に着きました。

一昨日の産経新聞に「基地工事はしばらく休止」という記事が載りましたが、

山城ヒロジさんも朝から夕方まで3回も、

「数日前から工事車両が入っていない。産経は事実を報道したと考えられる。」

と話題にしていました。

確かに、これまで早朝6時50分頃から工事車両が入っていたのが

今日は全く来ませんでした。

全国から届いたコンクリートブロックは撤去され、

名護署に保管されているとのことで、

その代わりに沖縄県警の車がズラリと並んでいます。

座り込み行動はその車両の前や隙間に簡易椅子などを並べて行っています。

下は朝7時のキャンプシュワブ第一ゲート前。

沖縄県警の車の隙間に人々が座り込み、そのすぐ後ろにアルソックという

民間警備会社の社員が立っています。

元々アルソックの社員は工事車両が基地内に入るのを誘導したりする仕事だった

はずなのに、どんどん仕事内容が機動隊の下請けみたいになっています。

それでも、アルソックの一人は、

山城ヒロジさんにはとても深々と礼をしていました。

私も誰かにいただいた節分の豆を一番傍のアルソックさんに勧めると、

「いいえ、けっこうです。」

と応えが返ってきました。

 

今日は県会議員さん、市町村議会の議員さんが参加する水曜行動日です。

23人の議員さんたちが一緒に座り込みに参加していました。

宜野湾選挙の結果については、

宜野湾市民は普天間飛行場撤去を主張しているが、

それは辺野古に基地を作ってもいい、ということではない。

すり替えようとする声には、「それは違う」とはっきり言おう、ということです。

粘り強く、明るく、笑顔で頑張る地元沖縄の方々からは

いつも豊かで、大切な心構えを教えられます。

今日はまたスペシャルに明るい一日で、

ほとんど宴会状態と言っても過言ではありません。

お酒がなくてもここまでやる人々(笑)。

すごいです。

山城節炸裂。


東大名誉教授の佐藤学さん。

辺野古の闘いは人間の尊厳を取り戻す闘いであり、

日本の民主主義の最前線の闘いで、

自分もともに闘うと強く激励されていました。

辺野古のチャップリンさん。


アメリカから来たジェイソンさん。

ヒロジさんにせがまれ、「Proud Mary」を歌いましたよ。

私も大好きな曲です。特にティナ=ターナーのが。

座り込みの中にこんな人も。


朝のアルソックさん、硬い表情をしていました。

しかし、午後はちょっと違いましたよ。

やっぱり宴会効果ですね。

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「明日から辺野古に行ってきます」No.1582

2016-02-01 23:10:51 | ま、とにかく

日々、できるときにできることを精一杯しよう、

冬休み日本に戻ったらたとえ数日でも辺野古に行こう、

と決めていました。

昨年11月、山城ヒロジさんが病気回復の挨拶に、大阪や東京に来ましたが、

もちろん、ただそれだけではなくて、

「辺野古に来てください!人手が要るんです。

300人で座り込めば工事の車両をストップさせることができるんです!」

と訴えるのが主眼であることはよく分かりました。

私は山東省でその山城さんの訴えを動画で見て、

どうしても行かなければならないと思いました。

 

ピーチで往復約15000円の搭乗券も確保、

大浦湾の安宿「海と風の宿」の一泊2000円の部屋も4日間予約できました。

用意はバッチリ。

て言うか、ただ着替えとタオルとパソコンを持って行くだけです。

あとは宿の傍に金城商店と共同売店があるので何でもそこで買えます。

自転車で10分以内の「大浦わんさかパーク」には新鮮な海ブドウや果物も売っています。

行けば何とかなるさ。

 

宿で寝る前に読むのはこの本にしました。

梅田のジュンク堂にもドバっとありましたが、私はamazonで買ってしまいました。

 

ジュンク堂からの帰り、阪急電車に乗ると、

盲導犬とペアの男性が乗ってきたので、そっと後姿を撮らせてもらいました。

大型犬で、たいへん物静かに男性に寄り添っていました。

そんな姿を見ただけで、なんかホロッときましたよ。

というわけで、明日から6日までは沖縄からのブログです。

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