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アリアドネーの糸


Bacchus and Ariadne, Titian 1520-1523, National Gallery, London



ロンドンのナショナル・ギャラリーは、セインズベリー・ウィングが改築中で、現在とても手狭な感じだ。

普段はセインズベリー・ウィングに展示されている作品、主にイタリアの中世からルネサンスにかけての最も華やかな作品群の大部分が母屋の方にかけられている。


この日は、ホックニーの作品2点が、ルネサンス初期の画家ピエロ・デラ・フランチェスカ(Piero della Francesca)の一点とともにキュレートされているのを見学に行ったのだが、ヴェネツィア派の部屋で足が止まった。

おお、これはわたしがこの夏に見たギリシャの自然そのものの姿ではないか、と。
この絵は何度も見たことがあるのに、なぜ今日に限ってこんなに強く迫ってくるのだろう?

大ティツィアーノが、生まれ育ったヴェネツィアの外に旅したという記録は少ない。
ましてやギリシャのナクソス島に行ったことはないだろう。

しかしこの偉大な芸術家が16世紀に描いたこの風景は、現代の、ギリシャを周遊したばかりのわたしと、ギリシャ神話の時代を何よりもしっかり繋ぐのである。アリアドネーの糸のように。


芸術とは何かというと、そういうものであろうと思う。
「もうどこにも存在しないもの」や「あったかもしれないもの」と、「いまだかつて存在しないもの」を先取りして提示するのである。

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クレタ島のミノア文明の時代、クノッソス宮殿のラビリントス(迷宮)に閉じ込められた半人半牛の怪物ミノタウロスを成敗するため、テーセウスはラビリントスに入り込む。
これを助けたのがアリアドネーだったが、薄情なテーセウスはナクソス島でアリアドネーを捨てる。
テーセウスの乗った船が左端に消えていくのが見える。

2頭のチーターが引く戦車に乗って行列を率いるバッカスは、アリアドネーを海岸で見つけ、戦車から飛び降りる。
アリアドネーの上の青い空には、彼女の王冠を変えた星座コロナが描かれている。

アリアドネーはクレタ島の支配者ミノア王の娘、ということになっているが、もともとはミノア文明の古代クレタ島で崇拝されていた豊穣や植物に関連する女神であった可能性が示唆されている。

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芸術は、「もうどこにも存在しないもの」や「あったかもしれないもの」と、「いまだかつて存在しないもの」を先取りして提示する。
そしてさらに対話を促すのか、と感じたのは、上にも書いたホックニーとピエロ・デラ・フランチェスカのキュレートを見たからだった。
アリアドネーの糸のように、途切れない対話。

ホックニーはナショナル・ギャラリーがお気に入りだったそう。




この2枚のホックニーの絵には、中央のピエロ・デラ・フランチェスカによる『キリストの洗礼』(1450年頃、ナショナル・ギャラリー蔵)のポスターが描かれている。
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