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Brugge Style
kissinと『反抗的人間』
昨夜、ロンドン・バービカンでのキーシンのリサイタルは、怒りではなく、抵抗...ではなく...
そうだな、Rebel(カミュ『反抗的人間』の反抗)的リサイタルだった。
カミュの『反抗的人間』は、もちろん反乱と革命を扱ったものであるが、
「極限の状態に置かれ、判断基準に正誤のマニュアルがなときでも、なおそれでも人間は最適解を下すことができるのか」
という最高に厳しい問いをわれわれに投げかける。
このリサイタルはキーシンの下した最適解なのかも...
彼はロシアのウクライナ侵攻をテーマにトリオを作曲し、現在の彼の音楽活動はすべてウクライナの勝利に捧げられると述べている。
ロシアのウクライナ侵攻によるショックは、モスクワ出身の彼を否が応でも政治化したのである。
(新聞で見聞きしたことによると、去年、キーシンは肩を痛めたそうだ)
リサイタルはバッハのクロマティック・ファンタジアとフーガに始まり、続いてモーツァルトのピアノソナタ9番。
クロマティック・ファンタジアとフーガは、大天使ミカエルの怒りの剣のように美しかった。
モーツアルトは(これはいつも思うことなのだが)、モーツアルトに挑むキーシンの無益な戦い...とでも言えばいいのか、いっこうに観客のはしくれであるわたしの方には伝わってこなかった。
しかし、休憩をはさんで鳴り響いたショパンのポロネーズ5番! これぞ聞きたいキーシン。
序奏の不気味さ、じょじょに音が増え、主部に突入していく様子は、天国の門が開いて大天使ミカエル率いる天の軍団が一気に解き放たれたかのような音だった。
と、思うと、整然と進んでいく天使の群れ...そして中間部の悲しみさえ誘う優美さ。
ピアノってこんな音が出るのなら、もうピアノじゃないんじゃないか、というような驚き。天使軍団の中に巻き込まれ、連れ去られ、体温が2度くらい上昇するような。法悦とはこういうものかと。
ショパンの祖国ポーランドは、18世紀から19世紀にかけ、周囲の大国プロイセン・オーストリア・ロシアなどによって侵攻され、分割され、消滅する(分割は20世紀の5次まである)。ショパンの作品には祖国の悲劇を表したものが多い。
このポロネーズは、ショパンによるポーランドの同胞との連帯の表現であり、キーシンはこのポロネーズを演奏することにより、プーチン政権に対する彼自身の抵抗を反映する。今後はこの曲をすべてのリサイタルで演奏するそうだ。
ラフマニノフに捧げられた後半は、モーツアルトとは打って変わり、まるでその中から生まれ出てきでもしたかのように、自然に一体化し、あるいは本能的に、見えた(聞こえた)。
アンコールは3回。Morceaux de Fantaisieから。昨日はロンドンの地下鉄や電車の路線が軒並み激しいスト中だったため、時間に限りがあった。いつもは5回6回、応えてくれるんですがね...
アンコールの最後を飾ったのは、ラフマニノフ本人が(世界的な人気のため)嫌っていたプレリュード。モスクワだけでなく、ロシア全土の教会の鐘が鳴り響く。
これは弔意。
もちろん最高に素晴らしかった!
Johann Sebastian Bach Chromatic Fantasia and Fugue
Wolfgang Amadeus Mozart Piano Sonata No 9 in D major
1. Allegro con spirito
2. Andantino con espressione
3. Rondeau: Allegro
Frédéric Chopin Polonaise No 5 in F sharp minor
Sergei Rachmaninov ‘Lilacs’ from 12 Romances, Op 21
Prelude in A minor, Op 32 No 8
Prelude in G flat major, Op 23 No 10
Études-tableaux, Op 39:
No 1 in C minor
No 2 in A minor
No 4 in B minor
No 5 in E flat minor
No 6 in A minor
No 9 in D major
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