幸せに生きる(笑顔のレシピ) & ロゴセラピー 

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この選択でよかった~コロナ禍の家族の最期~

2022-02-22 16:31:33 | 生き方/考え方
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220218/k10013488711000.html NHKニュース 2022年2月18日 18時06分

「私の体に何が起きても救急車を呼ばずに自宅にいます。病院に連れて行かないで下さい。自宅で過ごさせて下さい」

19歳の女性が自分の思いをつづった手紙です。この手紙を書いた3か月後、2020年6月13日に亡くなりました。


新型コロナウイルスの感染が拡大する中、女性が選んだのは最期まで自分らしく過ごすことでした。

(取材 ネットワーク報道部 金澤志江)

手作りのイヤリングを身に着けて 19歳で亡くなった長谷実穂さんの遺影です。

手作りしたイヤリングを紹介するために、亡くなる1年前にみずから撮影しました。
写真を撮られることを嫌がっていた実穂さん。ここ数年で唯一顔が写っている写真です。

母親の友美さんは、実穂さんが自分の遺影にすることも考えてこの写真を撮ったと感じています。
(母 友美さん)
「ふつうだったら耳だけ撮ると思うんですけど、珍しく顔が写っていて。亡くなったあと『最後にこれは遺影に使ってもいいよ』と実穂に言われた気がしました」
60万人に1人の難病
実穂さんは、幼いころからさまざまな体調不良に悩まされてきました。体重が増えず、せきが止まらない。何度も病院に通いましたが原因は分からないままでした。小学校5年生の時にようやく診断がつきました。

「のう胞性線維症」


気管支や消化管などが粘りけの強い分泌液でつまりやすくなり、肺炎や気管支炎、肝硬変などさまざまな症状を引き起こす難病で、日本で発症するのは60万人に1人とされています。
(母 友美さん)
「診断がついて原因がようやく分かってほっとしたのと同時に、長く生きられないということも知りました。それまでは『今は体調が悪くても成長していく過程で良くなっていくだろう』という漠然とした期待がありましたからすごくショックでした」
家族と一緒に過ごしたい
診断を受けたころから肝硬変による吐血とそれに伴う重い貧血で学校に通うことができなくなりました。

吐血のたびに病院に搬送され、入院。全身麻酔で何度も検査を受け、傷口を治すために長い時は1か月の間飲食もできません。次第に入退院を繰り返す日々に疑問を感じていきます。

「治らないのになんでこんなことをしなきゃいけないの。もう病院は嫌だ」

友美さんと大げんかすることもありました。
(母 友美さん)
「『普通に生活できるように普通に産んでほしかった』とか、『ママだってずっと病院にいるのは嫌でしょう?』と言われたこともありました。実穂が成長とともに自分の体と向き合うようになり、今後の人生をどう生きるか、どう最期を迎えるかということを真剣に考えているんだなと意見をぶつけ合う中で感じるようになりました」
中学1年生の時に大量に吐血をしてICUに入り、入院は2か月におよびました。その時に実穂さんは初めて友美さんに告げました。


「私のことをもう救急車で病院に運ばないで」
実穂さんが描いた愛犬
好きな絵を描いたり、食べたいものを食べたりしながら、家族と一緒に過ごしたいという願いからでした。
(母 友美さん)
「最初は『何かあったらどうするの』と言いました。病院にいるほうが安全だと思いましたし説得しましたが、本人の意思は固かったです。

医師にもちゃんと病院で積極的な治療をしたほうがよいと言われましたが、もう本当に家で過ごしたいんだなと。親としてその希望をかなえてあげたいと思うようになりました」
コロナ禍での意思表示
いつ再び大量に吐血するかわからない。それでも実穂さんは自宅で過ごすことを決めました。
みずから勉強に取り組み、時には絵を描いたり料理をしたりして過ごしました。将来は手先が器用なことを生かして、仕事をしたいという夢もできました。

しかしおととし1月ごろから徐々に症状は悪化していきます。腹水がたまり肝機能も低下。そんな中直面したのが新型コロナウイルスの感染拡大でした。感染症に対する抵抗力が低い実穂さん。

「私がかかったらすぐに死んじゃうよね」

不安をたびたび口にしていました。

有名人が感染して入院し、家族と会えず十分な別れもできないまま亡くなったという報道もありました。そこで改めて、親子が話し合ったのが「どう最期を迎えるか」ということでした。

吐血が止まらなくなったら救急車に乗って病院に向かい処置を受ける選択肢もあります。しかし、いったん入院したら…。

2人はきちんと意思表示をしておくことを決めました。
(母 友美さん)
「離れ離れになって一緒に過ごすことができなくなってしまうかもしれないから、もう1度改めて文書で書いておこうということになりました。自宅で亡くなりたいという実穂の意思は前から固かったですが、実際にそういう場面でどうなっちゃうか分からないという私の不安な気持ちも強かったので」
一方で友美さんには別の思いも…
「遺書を書いてもらうようで複雑な思いもありました」
体調はすでにかなり悪化していましたが、実穂さんは1文字1文字丁寧に30分ほどかけて自分の思いをつづりました。
“ありがとう”
その3か月後。夜10時に最初の大量吐血。そして真夜中、翌日も繰り返しました。

友美さんの腕に抱かれながら、苦しくなる呼吸の中で、実穂さんが最期に口にしたのは「ありがとう」ということばでした。
(母 友美さん)
「自分でも最期だということを自覚したようで最初は怖がっていたんですけど、『ずっと一緒に生きてきたからいまも1人じゃないよ』『頑張ったね』と何度も繰り返し語りかけると落ち着いていきました。

意識がなくなるその直前に『ありがとう』と絞り出すように言ってくれたんです。苦しそうな様子も意識がなくなっていく姿も見守るのはつらかったです。

でも本人の意思を確認して、それを尊重してみとることができたのでこの選択で本当によかったと思っています。実穂は生きることも、死ぬことも一生懸命頑張ったなと思います」


きっかけは病院での面会禁止
コロナ禍での病院の面会禁止をきっかけに退院し、自宅で息子の最期を迎えることを選んだ家族もいます。

仙台市に住む足立智昭さんは去年6月、息子の明弘さん(享年33)をみとりました。明弘さんは実穂さんと同じ難病で、幼い頃から肺炎や消化不良で入退院を繰り返していました。
病室の明弘さん
妻が亡くなったあと、入院する時は、必ず、毎朝病院に通いそれから勤め先に向かって、仕事を終えた後また病室で付き添う、という生活を続けていました。

しかし新型コロナの感染拡大でおととし2月末から病院は面会禁止になりました。当初はオンラインで会話をしたり、スマホで飼っていた犬の散歩の様子を撮影して伝えたりしてコミュニケーションを取っていました。

しかし次第に明弘さんに変化が現れ始めます。表情が乏しくなり、体重が激減。担当医からは「うつ症状が進み、治療の成果も出なくなった。お父さんと会えないことが影響しているのではないか」と説明を受けました。

病院の出入り口では、警備員の人に「末期がんなのに会えないのか」などと話している人の姿も目にしました。

「自分たちだけじゃないんだ」
「会えないことで息子は精神的に追い込まれている。自分たちにとっては一緒に過ごすことがいちばんだろう」

6月、明弘さんの退院を決断しました。
(父 智昭さん)
「病室で医師や看護師に診てもらいながら、私もそこにいられるというのが1番好ましい状況ではあったのですが、それはコロナの状況で無理だということが分かりました。『検査結果をみたら本来であれば家に帰せるレベルではない』とも言われたのですが、私と一緒にいられることのほうが優先だと思いました」
みとりの覚悟はなかった
ドライブで訪れた猪苗代湖
まずは日常を回復したい。そのために体調がよい日には、明弘さんが元気な頃から好きだったドライブに出かけたり、一緒にゲームをしたりして過ごしました。次第に表情に明るさを取り戻していきました。
しかし体調は思うようには回復しません。症状が悪化し、去年2月、一時入院。その際に自宅でのみとりについて考えておいてほしいと医師から説明を受けました。
(父 智昭さん)
「最初、家で過ごすと決断した時は、みとりまでやるという認識は正直なかったんです。自分の親を病院でみとるということはありましたが、在宅でみとるというイメージがわかなかったので正直戸惑いました」
週に1回医師の訪問診療はありましたが、1日3回専用の液体の交換が必要な腹膜透析、トイレの介助など負担は大きく、智昭さん自身、仕事との両立が難しくなっていきました。

勤めていた大学を退職し、ほぼ一日中、横になる時間もなく、明弘さんのベッドのそばのいすに座って過ごしたといいます。
後悔のないみとりを
6月。意識がなくなってきて、息が苦しそうな様子を見せ始めます。

「まもなくか」
医師に言われていたとおり呼吸を楽にするための座薬を入れると、そのまますっと眠るように息を引き取りました。
(父 智昭さん)
「その時のことは無我夢中であまり記憶がないんですよね。いまはまだつらいですが、家族の最期を責任を持ってみれたというのはよかったんじゃないかなと思っています。5年後、10年後に振り返って考えた時にこの選択が本当によかったと思えればいいなと思います」
簡単には会えない、触れられない中で
コロナ禍で面会ができない中で、病院から家に戻ってみとりの時を迎えるというケースは少なくないといいます。

明弘さんの訪問診療にあたった仙台市のクリニックでは、コロナ前の2019年に自宅で亡くなった人は44人でした。しかし感染が拡大した2020年には74人、さらに去年は77人に上りました。
(M&T在宅クリニック 佐藤信 医師)
「高齢化社会で在宅でのみとりが増えているというのも前提としてありますが、新型コロナがもたらしている影響は確実にありますね。患者本人も家族も、会いたいのに面会できず非常にストレスを感じています。攻めの医療を終えた終末期は在宅で家族と一緒に見守られながらという人が増えてきています」
繰り返される感染拡大。

病院などで面会制限が続く中では、簡単に会うことも触れることもできません。

これまで想定していなかった状況で、最期を自宅で過ごすのか、病院で過ごすのか、何が正解なのか、その問いに多くの人たちが向き合っています。
誰もがいつかは向き合う
そしてコロナ禍かどうかにかかわらず、誰もがいつかは必ず決断をしなくてはいけない問いでもあります。

後日、私は、娘の長谷実穂さんを自宅でみとった母親の友美さんにメールを送りました。

「この現実にどう向き合ったらよいですか」

友美さんからはすぐに返信がありました。

「亡くなったあと残された者は悲しい気持ちでいっぱいになります。しかし『希望通りにしてあげられて、亡くなった本人も満足しているのではないか』ということを感じることがとても大切だと思います」

「この選択でよかった」と思える最期を迎えるには。

本人にとって何がよいか、そのためにできることは何か、話し合ってきた家族の姿がありました。それは死を前提としたうえで友美さんが言っていたように遺書を書いてもらうような作業でもあります。

その場面を迎えた時に実際に家族としてどのような決断ができるかは正直わかりませんが、本人の意思を尊重することが最も大切なのだろうと思います。

感想
難病で助からない。
運命の宣告でもあります。

生物はいつか亡くなりますが、それがいつか分からない、またまだ先だと思うから、そのことを考えないというか、先送りしているのでしょう。

難病に冒されるかはわかりません。
コロナで感染して病院にも入れてもらえずに亡くなる人も多いです。
(高級国民は直ぐに入院できますが)
まるでロシアンルーレットのようです。

入院児と遊ぶボランティアをしばらくしました。
その病院には白血病やがんの子ども達が入院していました。
その子どもたちと遊ぶボンティアです。

今をどう生きるかが問われているのでしょう。

岸田首相「病床に余力」強調はゴマカシ 大阪はオミクロン死94%「重症」と診断されず "日刊ゲンダイの方が、岸田首相よりまともに感じてしまうのはどうしてでしょう?”

2022-02-22 15:56:36 | 社会
https://news.yahoo.co.jp/articles/72e3c384bfaa8f84a731105f155640a186f46efa 2/22(火) 14:00 日刊ゲンダイDIGITAL

 第6波の新型コロナウイルスによる死者数は第5波をしのぐ。そんな深刻な事態に正面から向き合わず、岸田首相は楽観姿勢を続けている。21日の国会でも反省どころか、都合のいい数字を並べ立て、ゴマカシに終始。医療提供体制は日に日に厳しくなっており、さらに死者が増える危険は高まっている。

岸田政権が都道府県に「PCR検査を抑えろ」の大号令 交付金差配の内閣府を通じた圧力か

■死者数「第5波」上回る

 21日の衆院予算委員会で立憲民主の江田憲司議員は「第5波の3カ月間に対して、2カ月間で上回ってしまった。総理の受け止めは?」と質問した。第6波(昨年12月15日~今年2月18日)の死者数は3061人と、第5波(昨年6月15日~9月14日)の2766人を上回っている。

 ところが、岸田首相は正面から答えない。「新規感染者数が昨年夏と比べ、3.5~4倍に膨れ上がっている中、医療提供体制をしっかり用意してきた。重症者の病床数は現在でも余力があると承知をしている」と説明。17日の会見でも「昨年夏と違い、重症病床は十分に余力がある」と繰り返し言及し、やたらに「重症病床の空き」を強調してばかりだ。

軽中等症病床23都府県が危険水域
“命”を落とす、高齢“軽症”患者(防護服を着て、新型コロナ軽症患者をケアする看護師=共同)/(C)日刊ゲンダイ

 厚労省の発表をもとに作成したのが<別表>だ。16日時点で重症病床の使用率50%超は3府県。全体的にまだ余力があるかのように見えるが、「オミクロン株は肺炎などの重症化率が低く、重症病床が空くのは当然です」と、医療ガバナンス研究所理事長の上昌広氏はこう続ける。

「では、なぜ死者数が第5波を超えたのか。第6波では、コロナは軽症でも感染した高齢者が持病を悪化させ亡くなるケースが増え、死者数が積み重なっています。重症病床の余力があっても、こうした患者は救えません」

 自宅療養中に亡くなるのは軽症で入院不要と判断された患者がほとんどだ。さらに、18日の大阪府コロナ対策本部会議で提出された調査結果は衝撃的だ。

 第6波(昨年12月17日~今年2月17日)の府内の死者数は445人。このうち、重症からの死亡例はわずか27人(6%)。94%にあたる418人は一度も「重症」とは診断されず、軽中等症病床、宿泊施設、自宅などで療養していた患者なのだ。


「足元の死者数を少なくするには、入院が必要な患者に十分な治療を与える体制にすることです。軽症者が急変した際、すぐに治療が受けられなければ、救える命も救えない。そのための病床とスタッフをしっかり確保し、いつでも受け入れられるようにするのが政府の仕事です」(上昌広氏)

 <別表>の通り、軽中等症病床の使用率はかなり逼迫している。

 福岡や大阪はほぼ満床。危険水域の50%超は23都府県に上る。30%を切っているのは4県しかない。

 岸田首相が「重症病床」を強調し、軽中等症病床をスルーするのは、マズい状況にフタをしているだけ。割を食うのは国民だ。

新型コロナ感染の10代男性が死亡 基礎疾患なし さいたま ”さいたま市は医療崩壊、救急車も役立たず、保健所は判断ミス”

感想
入院できない。
救急車は病院に搬送してくれない。
手遅れになって多くの人が亡くなっています。
自宅で亡くなる人も増えてきました。

岸田首相や小池都知事たちは、すぐに大きな病院に直ぐに入院させてもらえるので、不安はないでしょう。
結局、犠牲者になるのは国民なんですが。
しかし、この国民が自民党を選んでいるので、何をしても、政治が怠慢でも、税金をアベノマスクに使っても、モリカケ問題でデータの改善、書類の改ざん、書類の破棄しても、国民は自民党を支持してくれるので、何しても許されると思われているようです。
野党もだらしないですが、先ずは変えることではないでしょうか?
自分に、家族にコロナで死者が出て初めて自分の問題と認識するのですが、その前に認識したいです。

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10代死亡、事実経過を一部訂正 最初の通報では搬送せず、本人に健康観察しなかった理由は ”保健所の説明がなぜ間違っていたのか?”

2022-02-22 13:37:20 | 新型コロナウイルス
https://news.yahoo.co.jp/articles/43dca87c3f9c9b98ca4bbae0a68ce2a3b7b17909 <新型コロナ>2/22(火) 11:49 埼玉新聞

 新型コロナウイルスに感染した埼玉県さいたま市の10代後半の男性が9日に死亡した事案で、市は21日、男性が救急搬送された事実経過を説明し、一部に誤りがあったと訂正した。男性は7日に2次救急の医療機関で応急処置を受けた後、同日に3次救急の医療機関に転院して、9日に死亡した。

<新型コロナ>10代死亡…家族「震えている」、重症化するも医療機関は「満床」 そのとき現場では

 市保健所によると、家族が7日午前7時34分に119番。重症と診断され、救急隊と県の入院調整本部が並行して、受け入れ先を探した。救急隊は10医療機関に断られ、午前9時28分に11カ所目となる2次救急の医療機関に到着。応急処置後に重症度が高いとして、同日午後1時半、入院調整本部が調整した3次救急の医療機関に転院した。

 市は16日の発表で、受け入れ要請を断ったのは5医療機関で、現場滞在時間は50分と説明していた。この日、断ったのは10医療機関で現場滞在時間は69分と訂正し、救急搬送困難事例に該当したとして陳謝した。「保健所の記録に基づいて発表し、消防の記録と一部違いがあると分かった」と理由を説明している。

 一方、最初に救急要請があった6日、高熱が続いていたものの、意識レベルなどの状況から、救急搬送をしなかった。保健所の保健師は午前11時、初めての連絡で母親から聴き取り、呼吸苦などがないとして、入院に至らないと判断した。本人に健康観察をしなかったことについて、保健所は「家族から聴き取りを行うことはある」としている。

 男性は2日に発熱、3日に市内医療機関を受診して陽性と判明。発生届は未提出で、保健所は6日の救急要請で初めて把握し、同日に発生届を受理していた。

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感想
何故、保健所は間違った記録だったのか?
きちんと原因究明をした同じミスを繰り返さないで欲しい。

本人に症状確認せずに、家族に確認して、問題ないと判断したとのことです。
それではまるで、家族の判断ミスが子どもを死なせたと言っているようです。
自分たちのミスを犠牲者の家族に押しつけています。

西田さいたま市保健所所が十分な能力がないから、スタッフの能力までも落ちているような印象を受けます。

窒息死の7歳二男「お母さんに投げ飛ばされて口から血が出た」 "児相は誇りを持って仕事をして欲しい”

2022-02-22 02:34:22 | 社会
https://news.yahoo.co.jp/articles/26512e5210e6ffe683871a82a7d2cfbb9722d546 2/21(月) 13:53 日テレNEWS

3年前、神奈川県大和市で当時7歳の二男を窒息死させたとして、42歳の母親が逮捕された事件で、二男が「お母さんに投げ飛ばされて口から血が出た」などと話していたことがわかりました。

この事件は、2019年8月、大和市の自宅アパートで当時小学校1年生だった二男の雄大くんを窒息させ、殺害したとして自称・看護助手の上田綾乃容疑者が逮捕されたものです。

神奈川県の児童相談所が会見を開き、雄大くんが生まれる前に長男と長女が死亡していたため、「ネグレクト」として上田容疑者への支援を開始し、雄大くんが生後5か月だった2012年から約2年半、一時保護と施設入所の措置をとり、さらに、三男が死亡したことから2017年4月から再度、雄大くんを一時保護していたことを明らかにしました。

2回目の一時保護の際には、雄大くんが「お母さんが怒ると、とても怖い時がある」「お母さんに投げ飛ばされて口から血が出た」などと話していたということです。

これを受け、児童相談所は、ネグレクトではなく身体的な虐待があると認識を改めましたが、上田容疑者から施設入所の同意が得られず、家庭裁判所にも入所不当と判断されたため2018年11月に一時保護を解除し、在宅指導に切り替えたということです。

解除の約9か月後に雄大くんが死亡していて、児童相談所は「大変重く受け止めている」としています。

目隠し、裸で連れ出し…「しつけ」称し虐待か 岡山女児死亡 ”何のために児相は存在しているのか? 助けて!の声を聴かなかった!”

「告発 児童相談所が子供を殺す」 山脇由貴子著 ”児童福祉司は誇りを持って活動されているか?”

感想
また児相が、子どもを助けられませんでした。
子どもの叫びを聴くことができなかったようです。
児相が子どもの声を聴き、子どもの立場にたって、子どもを守らないと誰が守ってくれるのでしょうか。
一生懸命されている児相職員も多いと信じたいです。
しかしこれだけ、次から次と児相が子どもを守れなかった事象が続くと、疑問を持ってしまいます。