「その1」、
「その2」 、
「その3」、
「その4」 の続きです。
“人の手”の▲8二銀以下、△9四歩▲7一銀成に△4一玉とかわしたのが上図。
ここで継続手が難しい。(詳しくは
「その4」参照。“人の手”の意味も「その4」で)
「△4一玉に手がないです。ここからはダメですね。序盤の作戦が危険だったかもしれない」(局後の羽生王座のコメント)
先の▲8二銀に40分の考慮(夕食休憩をはさんだので実質はもっと長い)で、残り28分となっていて、この9図でその28分を全部つぎ込んだが、難局打開の手はなかったようだ。▲2三銀と打ったが、これは形作り。(▲2二桂成の方がアヤがありそう)
以下、△2三同歩▲同歩成と後手玉に迫るが、△3七角▲5八玉に△2三金とされて、ここで▲同飛成とできない(△5九金の1手詰)。
羽生王座はさらに▲7三角成と迫る。これを△7三同桂と取ってくれれば▲3二銀以下の頓死だが、△5九金が先手にとって悔しい一着。
▲5九同飛と取るよりなく、悠々△7三桂と取られると、先手の手負けは明白。肝心の飛車が2筋に利かなくなり、しかも、いつでも△5九角成と取られてしまう。
以下投了図までは、王座継承の手続き。
残念ながら、1勝3敗で王座失冠。中村新王座、おめでとうございます。
実は、「その1」から「その5」のここまで長々と書いてきましたが、
このシリーズ、本題はこれからです。
まず、34手目・新手(新展開)の△3五歩と指した時点で、後手の中村六段の通計の消費時間は19分。△3五歩自体にも4分しか費やしていない。もちろん、研究の一手で、≪この手で行ける≫と結論付けていれば、時間を要する必要はないのだろう。先手の羽生王座もここまで29分、△3五歩に対する▲2四歩にも3分しか要していないので、この△3五歩は想定内だったのだろう。ただ、この▲2四歩の取り込みは≪ここはこう指すところ≫という類の手で、△2二歩と受けた手に対しては▲4五桂と▲3五歩の2つの有力手があり、▲4五歩を選択するのに37分費やしている。
一方、中村六段は第2図から第4図に至るまでも澱みなく指し手を進め、第4図の時点で通計時間は32分。△4四銀とかわす手や、△8六歩と仕掛けるのは必然に近いので、己の研究を踏襲し終盤に時間を残した方が合理的という考えなのだろう。
第4図の△4五銀は6分の小考。先に桂銀交換の駒損することになるので、もう少し時間を掛けたくなるところだが、自信ありの展開なのだろう。
対する羽生王座は、第4図で1時間15分の長考に沈む。▲4五同歩か▲4五同銀の二択だが、この後の展開が大きく異なり、局勢を左右しそうな選択でじっくり読まなければならない。とは言え、昼食休憩をはさんでいるので、実際は1時間15分より長い考慮。通計の消費時間も2時間29分対32分と約2時間の差。持時間が5時間なので、かなりの差である。羽生王座のこの長考は、想定局面ではあったが、この局面を迎えて考えてみると、思った以上に対応が難しい……苦慮に近いものだったのではないだろうか。
8六の地点で銀交換を果たし、その足で△7六歩と横歩を取り、▲7七歩と受けられた第5図で、ようやく中村六段が思慮に入る。ここは銀交換と横歩を取れたことに満足して一旦△7四飛と引く手と、△5六飛と飛車を切って先手玉に激しく迫る手があり、大きな分岐点だ。
それでも、考慮時間は22分と長考というほどの長さではない。飛車を切れば、△4六銀(第6図)までは一直線で、第5図から第6図までの消費時間は先手・羽生王座は1分の消費しただけ(通計2時間30分)、中村六段は消費時間は0分(通計1時間3分)。
第6図は素人目からすると“やられ形”。第4図で▲4五同歩と歩で銀を取れば、第6図は想定できた。この図が拙いと思えば▲4五同銀と銀で取ったはず。以下△8六飛▲8七歩△7六飛▲7七歩△4六飛がかなり嫌。これと比較して、第6図を選んだと思われる。
ここから羽生王座は▲3四桂△5一玉▲6八金と進める。▲3四桂に21分、▲6八金に31分とこの2手に51分費やした(通計3時間21分)。
この▲6八金では▲8四角でほぼ互角だったようだが(
「その3」参照)、この手を見て中村六段が長考に沈む。
この▲6八金周辺の両者の思惑を、
「その6」以降で考察します。