漢検一級 かけだしリピーターの四方山話

漢検のリピート受検はお休みしていますが、日本語を愛し、奥深い言葉の世界をさまよっています。

貫之集 004

2023-04-20 05:29:49 | 貫之集

二月初午、稲荷詣でしたるところ

ひとりのみ わがこえなくに いなりやま はるのかすみの たちかくすらむ

ひとりのみ わが越えなくに 稲荷山 春の霞の 立ちかくすらむ

 

二月の初午(はつうま)の日に、稲荷神社に詣でたところ

私ひとりだけで越えて行くのではないのに、なぜ春霞が立って稲荷山を隠してしまうのだろうか。まるで自分だけが霞の中を分け入っているような気持ちになってしまうよ。

 

 屏風には、霞の掛かった稲荷山に多くの参詣者が集まっている様子が描かれているのでしょう。この歌単体ではなかなか解釈が難しいですが、334 には

 

はるがすみ たちまじりつつ いなりやま こゆるおもひの ひとしれぬかな

春霞 立ちまじりつつ 稲荷山 越ゆる思ひの 人知れぬかな

 

という類歌があり、群衆の中にあっても一人思い悩む孤独な心情を詠んだものであることが推察されますね。

 


貫之集 003

2023-04-19 06:25:23 | 貫之集

延喜六年、月次の屏風八帖が料の歌四十五首、宣旨にてこれを奉る二十首

子の日遊ぶ家

ゆきてみぬ ひともしのべと はるののに かたみにつめる わかななりけり

行きて見ぬ 人もしのべと 春の野に かたみに摘める 若菜なりけり

 

延喜六(906)年、月々の行事や風景を描いた屏風のための歌四十五首のうち、天皇の命で奉った二十首

子の日の行事にいそしむ家

野に出ていかない人も様子を思い浮かべることができるようにと、春の野で記念にこの籠に摘んだ若菜なのです。

 

 「子の日」は「ねのび」と濁って読みます。「根延び」に掛けて、根が長く延びる小松を引き抜いたり若菜を摘んだりして、宴を催して長寿を祝う行事のこと。お正月の最初の子の日に行われました。「かたみ」は「形見(記念)」と「筐」の掛詞ですね。
 この歌は新古今和歌集(巻第一「春歌上」 第14番)にも採録されています。


貫之集 002

2023-04-18 05:56:58 | 貫之集

しらゆきの ふりしくときは みよしのの やましたかぜに はなぞちりける

白雪の 降りしくときは み吉野の 山下風に 花ぞ散りける

 

白雪が降りしきるときは、まるで吉野山から吹き降ろす風に花が散っているようだ。

 

 001 に続いて、藤原貞国の四十歳を祝う歌。古今集 0363(巻第七「賀歌」)にも採録されています。一見、「お祝い」の要素が入っていないように見えますが、風に舞い散る雪を春たけなわの穏やかな花吹雪に見立てることで、飛び舞う無数の花びらが主の長寿を寿いでいる情景を表現しています。


貫之集 001

2023-04-17 06:10:01 | 貫之集

延喜五年二月、泉の大将の四十賀屏風の歌、仰せ事にてこれを奉る

なつやまの かげをしげみや たまぼこの みちゆきひとも たちどまるらむ

夏山の 陰をしげみや 玉ぼこの 道行き人も 立ちどまるらむ

 

延喜五(905)年二月、藤原定国の四十歳を祝う屏風歌を、醍醐天皇のご下命によって奉った。

夏山の木が繁って木陰ができているからであろうか、道を行く人も立ち止まって休んでいるのだろう。

 

 拾遺和歌集(巻二「夏」第130番)にも収録されたこの歌を皮切りに、貫之集 889 首の和歌のご紹介を今日から始めます。改めてよろしくお願いします ^^

 貫之集は「第一」~「第九」の9部構成で最初の4部 533 首は「屏風歌」、つまり収載歌のおよそ6割が屏風歌で占められおり、これが貫之集の(と言うより、紀貫之という歌人の)大きな特徴となっています。以後は「第五 恋」「第六 賀」「第七 別」「第八 哀傷」「第九 雑」となっており、古今集との比較で言えば、春~冬の四季を題材とした部立てがそのまま「屏風歌」となっている感じですね。

 屏風歌とは、屏風に描かれた絵画にあわせて貼られた色紙形に記された歌のことで、絵の中の人物の心で詠まれるのが普通でした。また屏風絵の題材は多くが四季の景物や行事、名所などでしたので、やはり貫之集の一部~四部は基本的に四季を詠んだ歌となっています。(ただし古今集とは異なり、四季の移ろいの順には並んでいません。)

 貫之の歌に触れるとき、私たちは実際の風景を詠んだ歌と思ってしまいがちですが、実のところ、その多くは屏風絵に描かれた風景や行事などを詠んだもの。貫之は当代随一の屏風歌歌人でもあったのですね。

 

一首目ということで少々説明が長くなりました。貫之集の秀歌の数々、気が向かれたときにおつきあいいただければ幸いです。

 

 

 


紀貫之

2023-04-16 10:57:44 | 貫之集

数年前、当時在籍していた放送大学大学院の授業で改めて和歌を学んだことを直接のきっかけに古今和歌集を通読し、その撰者にして重要な歌人、そしてあまねく有名な「仮名序」の執筆者でもある紀貫之という人物に非常に興味を覚えました。

以後、非常にゆっくりではありますが、いくつかの関連書籍を読み継いできました。

 

そして改めて貫之が詠んだ歌を一通り鑑賞してみようと、先般「貫之集」を入手して一首ずつ読んでいるところです。

 

本書籍での収録歌数は 889 首(写本によって異なります)。毎日欠かさずというわけにはいかないと思いますが、近くまた一首ずつご紹介していきたいと思いますので、古今集のときと同様、おつきあいいただければ幸いです。