漢検一級 かけだしリピーターの四方山話

漢検のリピート受検はお休みしていますが、日本語を愛し、奥深い言葉の世界をさまよっています。

貫之集 045

2023-05-31 05:36:03 | 貫之集

女ども山寺に詣でしたる

おもふこと ありてこそゆけ はるがすみ みちさまたげに たちわたるかな

思ふこと ありてこそゆけ 春霞 道さまたげに 立ちわたるかな

 

女たちが山寺に詣でる

心に悩みがあり、救いの道を求めて山寺に行くのに、まるでそれを妨げるかのように、春霞が一面に立ちわたっていることよ。

 

 「道」は山寺への道と「仏道」の両義ですね。
 この歌は拾遺和歌集(巻第十六 「雑春」 第1017番)にも採録されており、そちらでは第五句は「たちなかくしそ」となっています。歌に込めた思いに違いはありませんが、貫之集ではすでに霞立ち込めて実際に道を見えづらくしており、拾遺集では「霞よ、立ち込めて道を隠すでないぞ」ということですからまだ霞は立っていないということで、情景は異なっていますね。題材となった屏風絵はどうなっていたのでしょうか。まだ道を覆い隠すほどではない程度の霞が描かれていたのかな?

 


貫之集 044

2023-05-30 05:03:30 | 貫之集

延喜十五年の春、斎院の御屏風の和歌、内裏の仰せにより奉る

女ども滝のほとりにいたりて、あるは流れ落つる花を見、あるは手をひたして水に遊べる

 

はるくれば たきのしらいと いかなれば むすべどもなほ あわにとくらむ

春来れば 滝の白糸 いかなれば むすべどもなほ 泡にとくらむ

 

延喜十五年の春に、恭子内親王の屏風の和歌を、天皇の仰せで奉った。

女たちが滝のほとりにいて、ある者は流れ落ちる花を見、ある者は手を浸して水で遊んでいる

 

春が来ると白糸のように落ちて来る滝が、どうして手に掬っても泡ととけてしまうのだろう。

 

 「斎院」は第60代醍醐天皇の第三皇女恭子内親王のことで、生誕の翌年に斎院(上賀茂神社・下賀茂神社に仕える皇女)となり、わずか十四歳で薨去した人物。
 「むすぶ」が「掬ぶ」と「結ぶ」、「とく」が「溶く」と「解く」の掛詞になっており、さらに「泡」には紐の結び方の名称である「泡緒」もかかっていて、滝の流れを白糸に喩えたことを踏まえて、巧みに「泡緒に結んでも溶けてしまう白糸」「手に掬っても溶けてしまう泡」の二重の意味を詠み込んでいます。「手に掬う水」を好んで詠んだ貫之らしい一首と言えるでしょうか。

 なお、この歌は拾遺和歌集(巻第十六「雑春」 第1004番)にも採録されていますが、そちらでは第五句が「あわにみゆらむ」とされています。

 

 


貫之集 043

2023-05-29 05:01:24 | 貫之集

ふくかぜに ちりぬとおもふ もみぢばの ながるるたきの ともにおつらむ

吹く風に 散りぬと思ふ ももぢ葉の 流るる滝の ともに落つらむ

 

吹く風に散ったと思うやいなや、紅葉の葉はどうしてこうも早く、急流とともに流れていってしまうのだろう。

 

 ストレートには詠み込まれていない作者の心情を推し量るなら、美しい紅葉が散ってしまって、せめて散った先の川面にとどまっていてほしいのに、早瀬に乗ってあっという間に流れて行ってしまうのを惜しむ気持ち、というところでしょうか。


貫之集 042

2023-05-28 05:06:47 | 貫之集

さくかぎり ちらではてぬる きくのはな むべしもちよの よはひのぶらむ

咲くかぎり 散らではてぬる 菊の花 むべしも千代の よはひのぶらむ

 

咲いたからには、最後まで散らずに枯れる菊の花。なるほど、だから菊の花によって千歳までも長寿を延ばすことができるのであるな。

 

 菊に延寿の効用があるとの言い伝えは中国からのもの。九月九日の重陽の節句には、菊の香りと露を含んだ真綿で顔や体を拭いて長寿を願う「菊の着せ綿」という行事も行われました。


貫之集 041

2023-05-27 04:56:13 | 貫之集

こゑをのみ よそにききつつ わがやどの はぎにはしかの うとくもあるかな

声をのみ よそに聞きつつ わが宿の 萩には鹿の うとくもあるかな

 

鹿の鳴く声をいつも遠くに聞くばかりで、私の家の萩には鹿はいっこうに寄って来ないことよ。

 

 「わが家の萩に寄って来ない鹿」はもちろん、来訪してくれない愛しい人の比喩。
 鹿と萩の組み合わせは多く歌に詠まれ、貫之集の 235 にも類歌がありますし、古今集の 0215021602170218 も同様ですね。また、本歌と同じく、鹿が萩を恋するという構図も定着しています。

 

とめきつつ なかずもあるかな わがやどの はぎはしかにも しられざりけり

とめきつつ 鳴かずもあるかな わが宿の 萩は鹿にも 知られざりけり

(貫之集 第三 第235番)