あけぬとて かへるみちには こきたれて あめもなみだも ふりそほちつつ
明けぬとて 帰る道には こきたれて 雨も涙も 降りそほちつつ
藤原敏行
夜が明けて、愛しい人のもとから帰る道々では、雨も涙もしきりにこぼれ落ちることであるよ。
「こきたれて」は漢字で書けば「扱き垂れて」で、「しきりにこぼれ落ちる」意。現代の語感からするとやや特異な印象を受ける語ですね。古今集ではこのあと 0932 でも登場します。
かりてほす やまだのいねの こきたれて なきこそわたれ あきのうければ
かりてほす 山田の稲の こきたれて なきこそわたれ 秋のうければ
坂上是則
あけぬとて いまはのこころ つくからに などいひしらぬ おもひそふらむ
明けぬとて 今はの心 つくからに などいひしらぬ 思ひそふらむ
藤原国経
夜が明けて今や別れの時だと思うと、どうしてたちまち言いようもない思いが加わるのだろうか。
夜が明けて、愛しい人との逢瀬のひとときが終わってしまう嘆きを詠んだ歌が続いています。作者の藤原国経は平安時代前期の貴族で、最終的に大納言まで出世した人物。古今集への入集はこの一首のみで、他に新古今和歌集にも一首が入集しています。
しののめの ほがらほがらと あけゆけば おのがきぬぎぬ なるぞかなしき
しののめの ほがらほがらと 明けゆけば おのがきぬぎぬ なるぞかなしき
よみ人知らず
明け方に空がだんだんと明るくなっていく頃、共寝をした二人がそれぞれ自分の衣をまとい、別れてゆくのは悲しいことよ。
「しののめ(東雲)」は「明け方」「あけぼの」の意。「ほがらほがら(朗ら朗ら)」は「ほのぼの」「しらじら」の意で、夜明けに空がしだいに明るくなる様子を表す語です。「きぬぎぬ」はなかなか意味深い語ですので、weblio古語辞典をそのまま引用します。
きぬーぎぬ【衣衣・後朝】
① 二人の衣服を重ね掛けて共寝をした男女が、翌朝各々の衣服を着て別れること。また、その別れる朝。
② 男女が別れること。
「後朝」と書いて「きぬぎぬ」と読むのはいわゆる「熟字訓」。漢検一級の頻出問題で、ネットでこの語を調べると語義とともにしばしば古今集のこの歌が用例として紹介されています。なので、古今集の勉強を始める前からこの歌は良く目にしていましたが、愛しい人と過ごす一夜のあとに必然的に訪れる夜明けの別れを詠んだ、とても切ない歌ですね。