春支度 背伸びしてゆく 風吹いて
梅士 Baishi
寝坊つづきで、何日句作を忘却していたことか。
冬牡丹の逢瀬には間に合ったが、ちぎれたワイシャツ
のボタンはまに合わなかった。
まあ、掛け違いのぼたんよりはましだろうよ。
末広がりにワイシャツをねじ込んで今日も時間の枝を
飛び渡ったことである。
さて、鶯やメジロは三月、四月ともなると人里を飛び
立って唯我独尊の山を謳歌するのであろうが、ままなら
ぬ世の中にあって自分はどうなのであろう。
「世の中を、憂しとやさしと思えども、飛び立ちかね
つ、鳥にしあらねば」(山上憶良)ともがくのであろう
か。
しかし、鳥とは思っていない。
竜である。
ゴ~んと昇竜の図を見ることになるであろう。
2012年をどう解釈するか、思案のしどころである。
解散総選挙のタイミングをどう取るかというのに似て
いる。
来週の九重の山女に尋ねるとしよう。
【公職選挙法は違憲である】
政治表現の自由は民主主義の前提と言いながら、あの
公職選挙法の表現規制は検閲ほどの表現萎縮効果を持っ
ている。
選挙期間中は政治的言論はできないというに等しい萎
縮効果である。
マスコミだけに言わせておけばよいというものではあ
るまい。
マスコミは国民の代表ではないのだ。
世論をマスコミにつくらせてよいという理由もない。
選挙活動資金がかかりすぎる、買収の危険がある、と
いう理由で、表現の自由+民主主義を犠牲にするとは、
あまりにもひどい話だ。
優越的利益の基準であっても違憲であろう。
明白かつ現在の基準が通説であるなら、制限根拠はな
いに等しい。
憲法学者の違憲審査基準というのは、ご都合主義の基
準と言い直したほうが良いのではないか。
ご都合主義の基準による人権保障の憲法であるならば、
ないに等しい。
つまりは、「日本国憲法」というのは無効なのである。
日本は不文憲法の状態にある。
しかし、不文憲法は無きに等しい扱いである。
いずれ、成文の新憲法を制定するべきである。
なに、通常の立法手続きでよいですよ。
憲法と言えど、法であって、イノベーションが欠かせな
いのだから。
憲法制定総選挙をしようと訴える幸福実現党であって
ほしいものですがねえ。
ああ、大川隆法総裁・新・日本国憲法試案が宙に浮い
ているということは、これもUFOがらみのことなんでし
ょうか。
もっと、全面的にキャンペーンを張りなさいよ!
そこまでの顔ぶれではなさそうで、もそっと時間がか
かりそうですな。
さて、日本はまだ海上に浮いているのでしょうかねえ・・・。
立憲女王国・神聖九州やまとの国
梅士 Baishi