盆の風に 吹かれてしばし 眠りけり
中村 梅士 Baishi
今日は風が良く入った。
昼食には素麺を湯がいて食べることが多い。
ご飯の食欲はわかないが、素麺ならおいしいと思う。
島原素麺を三束湯がき、流水で冷やして水を切る。
だし汁にはとろろ昆布や顎だしの効いただし醤油を少
し濃いめにして、野菜と南関上げと卵を入れる。
本当はだしを冷やして氷を入れてつけ麺にして食べる
のがうまいのだろうが、冷やす時間が待てなくて、熱い
ままの汁に素麺をつけて食べるのである。
外食では食べられない具材たっぷりの素麺である。
猛暑が続いていたが、今日は涼しい風がよく通った。
すっかり心地よく、2時間近く意識を失った。
なかなか幽体が戻り切らず、散策の予定は台無しにな
った。
猛暑の疲れか、食後の眠気が時間を浪費する。
散々迷った挙句に意を決して、五時近くになってジョ
ギングに出かけた。
幾分涼しくなったとはいえ、気温は30℃、快走とはゆ
かなかった。
しかし、走ると気分が爽快になる。
それに救われた。
しばらくほおっておいた生長の家創始者、谷口雅春先
生の霊言を読ましてもらった。
昨年六月の収録である。
幸福の科学初期の頃の霊言は、他宗教の教祖とはいえ、
日本の保守思想を支えてきた功績は尊敬に値するものだ
った。
しかし、その光一元の思想は、幸福の科学の宗教理論
には物足りないものとなり、二代目清超氏の生長の家は
明らかに教勢が衰え、熱心な信者であったスーパー・ヤ
オハンの倒産に象徴されるようだった。
現三代目の谷口雅宣になると、明らかに思想転向して、
環境左翼に成り下がり、朝日新聞を経典とするかのよう
になった。
その守護霊対談を読むと、これが生長の家かという変
質ぶりには不快でさえあった。
雅春先生も、三代目の破門を宣告された。
終わったのである。
久しぶりの霊言に登場された雅春先生だが、かつて、
イザナギノ尊、プロテノスを過去世とされたことも撤回
され、霊格においても三輪山の神官だったのだろうとい
うことになった。
皇室の神官にはそれなりの力があったのではあろう。
それにしても、生長の家は事実上閉門となったような
ものである。
ただ、雅春先生の憲法観が、無効宣言して明治憲法の
復活を宣示すれば済むことだと言われていたそうである。
憲法無効宣言論者が既にいたことにおどろいた。
まあ、天皇の人間宣言によって、皇室の伝統は事実上
終焉し、その権威を回復されないままに生前退位という
ことになっては、もはや終わりである。
天皇の権威無しには、明治憲法の回復は無理である。
生長の家の衰退も、必然だったのだろう。
エル・カンターレの慈悲というべきか、その新憲法案
には、天皇は文化的象徴の範囲でその伝統を遺すことが
許されているが、倒産後もブランドが受け継がれる方便
であろう。
宗教的権威を回復されないならば、形骸である。
日本滅亡の条件は整っているのである。
日本国独立宣言・神聖九州やまとの国
New Asia Happiness Party