
函館朝市から金森倉庫街へ歩いて行く途中で見つけた洋風建築の建物。
最近は、こういうのを見つけたらどんどんチェックしようと思っているので、近づいてみた。


「函館大手町ハウス」と呼ばれたこの建物は、1918年(大正7年)頃の完成で、当時この建物がある一体は「セメント浜」と呼ばれるほどセメント業界で活気に満ちておりこの建物も、「浅野セメント株式会社」という、戦前の財閥会社の函館営業所として使われていた。
その後、1947年(昭和22年)、GHQによる財閥解体によって、「日本セメント株式会社」と改称され、1954年(昭和29年)には、セメント業界を離れて「株式会社北海道漁業公社」へと移譲されるが、1988年(昭和63年)に同社が破たんし、その後、2003年(平成15年)まで長い間閉鎖され続けていた。
しかし、同年から翌2004年にかけて、上磯町(現北斗市)の建設会社の手によって、朽ち果てる寸前の状態から見事に甦り、2005年7月12日には、国の「登録有形文化財」に指定され、現在は、カフェとして使われています。
行った日はたまたまお休みだったようだけど、今度ぜひ行ってみたいです。
因みに、この建物を手がけた、材木甚三郎という人物は、旧函館区公会堂をはじめ、幾つもの建物を、外国からの指導なしで建築した、当時では有数の名大工だったと言われています。
この他に手がけた建物についても、後日紹介します。