
西部地区にある大きな坂の一つ、「基坂」。
冬の夜には、こんな綺麗な景色が見られることでも知られ、また、この上には、有名な「旧函館区公会堂」がある。

ちょっと隠れてしまっているけれど、坂の上に、「旧函館区公会堂」が見えます。

この途中にある「諸術調所跡」の解説表示板。
五稜郭を設計した、武田斐三郎(あやさぶろう)によって設置された、蘭学、砲術、航海術などを教える施設の跡地ということです。

現在はご覧のとおりです。

そして、その少し上にあるのが・・・、

そう、黒船で有名なペリー提督の像。
ペリーと言うと、現神奈川県の浦賀に黒船で来港したイメージが強いけれど、日米和親条約の締結後、箱舘にもやってきていたのです。
1854年3月3日に日米和親条約が締結された直後、4月21日に、ペリーが乗艦する、ポーハタン・ミシシッピ号という船が箱舘に来港し、当時の松前藩家老らと会談し、市中の調査や湾内の測量などを行ったとされています。
当時はまだ鎖国のさ中でしたが、箱舘は、この翌年、1855年3月に開港されています。

そして、坂を下りて、海へ向かう途中にあるのが、この表示板。

現在はご覧の通りの住宅地だけど、この辺りで歴史的な会談が開かれたことを思うと、現在に繋がる歴史の重みというものを実感させられます。