札幌の隣、石狩市をドライブしていて、小さな神社を見つけたので、寄ってみました。
「樽川神社」という神社。
「樽川」という地名は小学生の頃から知っていましたが、小樽の「樽」という字が使われているので、何か小樽と関係があるのかなと思っていました。この機会にそれを確かめてみようと思います。
参道の入口には、二宮金次郎の像がありました。
「皇紀二千六百年記念」とありますが、これは、神武天皇の即位から2600年に当たる昭和15年(1940年)だそうで、この年の11月11日に、これを記念する式典が挙行されていたそうです。
小さな神社のようですが、立派な扁額が取り付けられています。
地域に根差し、地域に支えられている神社であることの証でしょうか。
明治15年(1882年)に「樽川村」という村が開村し、同18年(1885年)には、山口県から四十三戸と、別な地域から十二戸が入植してきました。
その地域の大部分は現在の石狩市の市域になっていますが、昭和46年(1971年)、第三期北海道総合開発計画の先導的事業であった石狩湾新港地域開発計画の実施により、一部が小樽市に編入されたという経緯があり、それから十年後の同57年(1982年)開村百年の記念の年に、地域の輝かしい未来に期待し、村勢発展の推移を記すことを目的に、この碑が建立されました。
開村五十年の記念碑もありました。
「樽川村移転之碑」とありますが、何かなと思って調べてみると、先程触れた石狩湾新港地域開発事業に伴い、樽川村の一部が、当時の石狩町から小樽市に編入されたことを示すもので、昭和48年(1973年)の建立とのことです。
先程、「小樽と何か関係あるのか」と書いていましたが、そもそも「樽川」という地名は、「小樽内(おたるない)川」が省略されたもので、「小樽内」はアイヌ語の「オタ・オル・ナイ」(砂浜の中の川)に由来しているとのことです。
ここでピンと来ましたが、札幌の隣の小樽市の由来もまた、同じ「オタ・オル・ナイ」(砂浜の中の川)なのだそうで、同じ由来でありながら名前が違う二つの地名が存在していたということになるようです。
しかもその一つである「樽川」の一部が、時を経て、もう一つの「小樽」に編入されるということに、何やら運命的なものを感じてしまいます。
揮毫された文字がかすれて読みにくくなっていますが、日露戦争の戦死者招魂のための「忠魂碑」だそうです。
狛犬の表情を見るのも、初めて行く神社での楽しみになってきました。
こちらの神社の注目点の一つに、狛犬が大小二対並んで建っているということがあります。
横から撮れば良かったと思いますが、小さい方は、体の向きと顔の向きが異なるように作られており「見返り狛犬」として話題を呼んでいるそうです。
神社の歴史が表示されています。
現在の社殿は、昭和47年(1972年)に移転新築されています。
普段はシャッターが下りていて無人のようですが、例祭のときなどには開かれるのでしょうねきっと。
「天照大御神」の名前が目に入ったので近づいて見てみました。
何と、上から見ると五角形になっていて、五面全てに神の名前が刻まれていました。
こういうのは初めて見たと思います。
現在の社殿の脇にある木造の建物。
古い社殿でしょうかね。