風月庵だより

猫関連の記事、老老介護の記事、仏教の学び等の記事

華綾慧春尼その4-懸想の僧に

2006-09-10 23:05:30 | Weblog
9月10日(日)晴れ残暑厳し【華綾慧春尼その4-懸想の僧に】

今日は昨日に引き続いて残暑が厳しく、運転をしながら熱中症になりそうだった。法事が勤まるのも運転ができる間だけだと思う。暑いときはいつもそんな弱気になる。私のカーナビはだいぶ古いので、高速の下を走るときは全く動かなくなる。二股に別れるところで焦ったが、たしか護国寺方向であったとあらかじめ道順を頭に入れておいたので法事先に無事に到着。帰りは甲州街道のコースをカーナビが示すので、新宿の繁華街を走るのは渋滞に巻き込まれるかと思ったが、意外と空いていたのと、高速の下を走るので、太陽が遮られるで助かった。

時にカーナビに文句を言いながら、カーナビの示すとおりには道をとらないことも多いのだが、道に迷ったときなど度々助けられている。人生にもカーナビのような指針があるのもよいのではなかろうか。

思い返せば、若いときは夢中であった。生きることが全く分からなかった。自分で生きているのだと思っていた。散々道に迷って、ようやく少しずつ「生きる」ということが見えてきたところである。仏教に導かれてつくづくよかったと思っている。

さて昨日に引き続き慧春尼の史伝を紹介したいが、昨日の続きは更に失敬な内容である。慧春尼が尼僧であるが故にいかに苦労もし、後の世にまでこのようなことを伝承されねばならないのか、憤慨する話である。
〈原文〉
師雖土木形骸。猶有容貌動人心。有一僧密啓其情於師。懇求遂其欲者。師告之曰。
易事而已。顧我與汝皆僧也。交會宜非尋常處。濁所慮臨期阻難嶮。倍約不能來就我耳。僧曰。師若許我願。則雖湯火不辭。況其餘乎。一日了菴上堂。大衆雲集。師不挂寸絲。赤赤裸裸。傲然出乎衆中。高聲召其僧曰。與汝有約。速來就我可肆汝欲。其僧驚走潜竄出山矣。師透脱情境。多是類也。

〈訓読〉
師、土木の形骸なりと雖も、猶お容貌の人心を動かすこと有り。一僧密かに其の情を師に啓し、懇ろに其の欲を遂げんことを求む者有り。師、之に告げて曰く、「易き事のみ。顧みるに我と汝は皆(とも)に僧なり。交會するに宜く尋常の處に非ざるべし。濁り慮(おもんばか)るところあり。期に臨んで嶮なるを阻み難し。倍約すれば我に就いて來ること能わざるのみ」と。僧曰く、「師、若し我が願いを許せば、則ち湯火と雖も辭せず。況や其の餘をや。」一日了菴上堂す。大衆雲集す。師、寸絲を挂けず、赤赤裸裸なり。傲然として衆中に出でて、高聲に其の僧を召して曰く、「汝と約有り。速やかに我に就いて来たり、汝が欲を肆(ほしいまま)にすべし。」其の僧、驚走す。潜竄(せんざん)し山を出づ。師、透脱の情境、多く是の類なり。

慧春尼は容貌や服装などに少しも気にかけていないのだが、その美しさはやはり男心を動かしたのであろう。ある僧がその思いを手紙に書いてよこし、男女の情を通わせたいと求めてきたのである。慧春尼はこの僧に告げて言った。「おやすいこと。思えば、あなたと私は僧であるから、交わるのに普通の場所ではやめましょう。私に思うところがあります。その後に及んで難しいからと言って拒むようなことはできませんよ。約束を破れば、私のところに来ることはできないだけのことです」と。僧は言った。「あなたが私の願いをお聞き下さるなら、たとえ(煮える)湯や火といえども拒みません。ましてそれほどでなければ当然でしょう。」

ある日了菴禅師が上堂なさった。本堂に一山の雲水たちが集まってきた。そこに慧春尼が一糸まとわぬ赤裸な姿で現れたのである。大衆の中に入って、その僧を声高に呼んで言った。「あなたと約束がありましたね。すぐに私に付いてきてあなたの欲の思うがままにしなさい」と。その僧は驚いて走り去った。そして密かに山を抜け出して消息をくらましたのだった。慧春尼の世俗の情を断ち切っている境界は、他のことにもこのようなものであった。

*まあ訳せばこのようなことになるのであるが、随分と思いきった手段に出たものだと思う。果たして本当に赤裸な姿であったかは分からない。大衆の面前で僧にこのように言ったということはあり得そうな感じがする。それを伝承される間に面白ろおかしく脚色されていったのではなかろうか、と私は思っている。

慧春尼について近しく知ったのは、得度して10年くらい後のことであるが、実は得度間もない頃、得度の師匠にこの話を聞かされた。その時は随分意地の悪い人だ、という印象を持った。もっと言葉で諭してもよかったのではないかと思ったのである。しかし、そうすることによって、他の僧たちにも二度とこのようなことを思わせない為の思案の末であったかもしれないと今は思う。

*ただ、女性であるがゆえに、どうしてもこのような伝承が語りつがれることは、心外に思うのである。[続く]

*【名残の四十九日】のところに、輪廻転生などに関する以前の記事がすぐに分かるように、新たに書き添えておきました。