monologue
夜明けに向けて
 



その日、21才のギタリスト、アル・クーパーはプロデューサーのトム・ウィルソンに呼び出されて高揚していた。なにしろあのフォークソングの旗手ボブ・ディランのレコーディングセッションなのだ。スタジオに入るとすでにギターを抱えて手慣らししているテクニック抜群のギタリストがいた。おもわずよくみるとそれはその頃ブルースギターリストとして名を挙げていたマイク・ブルームフィールドだった。とてもギターでは太刀打ちできないと思ってアルはギターをしまい調整室に入って様子を見守った。数時間のセッションが続きオルガンプレーヤーがピアノに移動した時、チャンスが来た。「ぼくにオルガンを弾かせてよ、すごいフレ-ズを思いついたんだ」と嘘をついて頼んだ。だめだ、おまえはオルガンじゃなくギター弾きじゃないか、とプロデューサーのトムはつっぱねた。アルは本当にすごいフレーズなんだと粘る。トムが「アルッ」と発した時そこに人がやってきて電話にトムを連れていった。トムが「ノー」をいう前に。そしてついに「ライク・ア・ローリング・ストーン」リメイク テイク1のレコーディングが始まった。そのときのトム・ウィルソンの第一声はオルガンの前にすわっているアルに対しての「What are you doing overthere?そこでなにしてるんだ」であった。それでも若者は動かずプロデューサーはそのままレコーディングを開始した。手練れのミュージシャン全員が一斉に音符通りに音を出した時、アルだけは他の音を聴いて間違えないようにキーボードを押さえたので8分の1泊ずつ遅れた。それはオルガンだけが微妙にずれて曲に奇妙なスリルやゆらぎ効果を与える結果になった。ミックスダウンでボブ・ディランがそれに気づき「オルガンの音を上げろ」といいだした。プロデューサーのトムが「あいつは本当のオルガンプレーヤーじゃないから」と言いかけると「そんなことはおれはどうでもいい。とにかくオルガンの音を上げろ」とボブは命じた。その後アルはオルガンプレーヤーとしてディランのライヴに同行することになった。
 その曲「ライク・ア・ローリング・ストーン」 はその印象的なオルガンと内容の深さが相まって、ヒットチャートを翔け登った。
そして、音楽誌Rolling Stone誌が2004年に行った500 Greatest songs of all timeという特集で、これまでのすべての曲中で第1位に輝いた。音楽はうまかったり正確であればよいのではない。「ふるえ、ゆらゆらとふるえ、」命のゆらぎにこそ感動がある。
時代を変えるものが生まれる時、その裏にはきっとなにか大きな力が働いている。プロデューサーのトム・ウィルソンにあの日あの時「ノー」といわせなかったのはなにだったのだろうか。
fumio

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