monologue
夜明けに向けて
 



彼岸のせいなのか、わたしの意識にMR.HERB YATES(ハーブ・イェーツ先生)が浮かびあがってきた。もう亡くなっているのだろう。
わたしは渡米後、政府が援助して授業料がタダの学校があると聞いて私立の学校から転校することにした。それはアダルト・スクールで大人を対象にしてENGLISH AS A SECOND LANGUAGE (ESL) PROGRAM、すなわち英語を第二国語とする人を育成することが目的の公立校だった。そこは学校とはいうもののそれらしくない家具屋の二階で授業料はまったくのタダではなく半年に50セント。一応払っているという形をとっていた。米国政府の対外政策は毎年変わりその年はパーレビ王政権下のイラン人留学生を大量に受け入れていた。ミスター・イェーツはその学校の先生。かれはわたしの人生で出会った中で最高の先生だった。授業を劇のように進めて生徒たちの興味を惹いた。プロフェッサー(教授)と呼ぶとわざと喜んでみせ、生徒が厳しいことを言うとウウッ、と胸を抑える。いつも楽しく身振り手振りを交えて教えた。インディアンとアイルランドの血が流れているといい、セント・パトリック・デイには緑の服を着てきた。わたしが学校へオリンピック通りを歩いていると車で拾ってくれた。毎週金曜にはそれぞれの生徒に得意なことを披露させてわたしにはギターの弾き語りのミニコンサートをさせたり、姓名判断や手相を見させた。それでわたしはミスター・イェーツは外国に関係のある仕事をする相が出ていると言った。そんなある日、クラスに入ってきてわたしの席の後ろに座ったのが現在の妻である。それで妻もミスター・イェーツの教え子になった。今も、妻とミスター・イェーツの話をすると互いに「いい先生だったね」とうなづく。
Mr.Yates,
Thanks for having taught us.
We love you!
fumio

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