monologue
夜明けに向けて
 



病棟で曲を作るなどという行為は前代未聞でだれもトライせず無理のはずだった。
なぜかといえば音を出せない。そしてなにかと邪魔が入り集中できないから。
病棟は6人部屋なので他の患者の迷惑にならないということが求められた。テレビもみんなイヤフォンで音を聴いている。わたしは締め切った窓に面してベッドに端坐位でパソコンにヘッドフォンやイヤフォンをつけて音を聴いていた。時々看護師がやってきて「音が漏れている」と厳しく注意しに来た。そんな時わたしはイヤフォンのプラグがパソコンの差し込み口から抜けているのを発見して謝って慌てて差し込み直して外に漏れる音を消した。曲を作る時困るのは楽器がないことと音を出せないことだった。歌もまともに声を出して歌えない。
一度だけ声を出して歌ったことがあった。パソコンに入れてある「朝日の当たる家」のカラオケファイルをチェックして声を出さずに口ずさんでいる時、その日担当の金久保かおり看護師が「なにしてるの」と訊くので「カラオケをチェックしている」と応えると「声を出して歌ってよ」という。ヘルパーや看護師が集まってきたのでわたしは集まったオーディアンスに向かって立ち上がり「朝日の当たる家」を歌った。歌い終わると「この歌、聴いたことある、映画で聴いた」とか「鳥肌が立った」とかみんな口々に感想を述べていた。

曲作りは、作曲ソフトの譜面にピアノ音を一つずつ打ち込むのだが音がひとつではその音がどの高さなのかわからず困った。ふたつ音を打ち込むとどちらかが高いので上下がわかった。それを動かし動かしつないでゆく。声には出さないでその音の流れを口ずさんでメロデイを確かめる。それに夜中に作った歌詞をはめる。そんな作業を毎日続けたのだった。
fumio

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