森永卓郎の『小泉改革をどう生きるか~成果主義・拝金思想を疑え!~』第6回
「右傾化への歯止めがなくなった小泉政権~報道の間隙を縫って“平成版・治安維持法”が成立する!~」が共謀罪を取り上げている。
だが、本当に恐ろしいのは、このような目に見える動きではない。一見、それとはわからずに、じわりと時代を変化させていく動きのほうが、はるかに恐ろしいことを知っておくべきである。
そして、すでにその兆候が現れている。
その1つが、「共謀罪」を盛り込んだ組織犯罪処罰法などの改正案である。前国会では衆議院解散にともなって廃案となったが、今国会で3度目の国会提出となった。
これは、実に恐ろしい法律である。
まったくその通り。だからこそ、名前と中身が全然違う「人権擁護法案」以上に「共謀罪」にピリピリしているのだ。森永卓郎も書いているように、これは戦前の「治安維持法」以上に危険な法案だ。
だが問題なのは、そのような立法者の意図からはずれて、共謀罪が「独裁の仕掛け」になってしまうことだ。
今後もし、戦争をやりたがっている人物が指導者になったらどうなるか。
そんな人間にとって、この法律ほど都合がいいものはないだろう。自分の政策に批判的な人間は、この法律を適用してどんどん刑務所に入れてしまえばいいからだ。
昔の治安維持法にしても、もともとは弾圧の道具として作られたわけではなかった。それが、時代が変わることによって、「独裁の仕掛け」としてうまく利用されてしまったのである。
私が恐れているのは、そうした「独裁の仕掛け」や「独裁の空気」が、次の時代に伝わっていくことなのである。
おそらく、そう遠くない将来に、日本の再軍備、戦争の危険が表面化するだろう。その可能性はかなり高まっているというのが私の印象である。
自民党と民主党が組めば、衆参両院ともすぐに国会の3分の2を超えてしまう。憲法改定の発議は、もはや時間の問題といっていい。
その場合、最後の砦になるのは国民投票である。確かに最近の調査では、第9条の改定に関しては反対の意見が多いとされているが、国民の多数が「空気」に踊らされている現状を見ると、ちょっとあおっただけで、国民の3分の2くらいの意見はすぐに動いてしまうだろう。
実は憲法改正に必要な「国民の3分の2」が何をもとにしたものであるかは憲法に定められていない。有権者の3分の2か、投票者の3分の2か。また、何割の投票率があれば有効になるのか。
こうしたことを定める「憲法改正法」の準備が与党を中心に始まっている。当然、改憲を推進している自民党は憲法を改正しやすいように、少しでも少ない支持票で憲法が変えられるようにするだろう。
そもそも憲法が為政者を束縛し規制するものであるという根本的なことも知らない選挙民、それを知らしめることなく(意図的にそうしないというより、おそらくわかっていないし理解しようともしない^^;)国民の義務を明文化することで国の治安がよくなると信じ込んでいる政治家、本質的な争点を避けて面白おかしく好奇心をかきたてればよしとするマスコミ……煽りやすく煽られやすい土壌は十分なほど形成されているではないか。
おおざっぱにいって、田中角栄を源とする田中派、竹下派、橋本派というのは、平等主義、平和主義を標榜しており、親中国であり、ハト派であった。
これに対して、福田赳夫系列の福田派、安倍派、森派、小泉首相というのは、市場原理主義を目指すグループであり、外交的にはタカ派である。
小泉首相の橋本派つぶしが功を奏して、今回の総選挙の結果は、小泉首相を含む森派の一人勝ち。橋本派は大きく凋落してしまった。もはや、外交でも内政でも、橋本派の影響はほとんどなくなったといってもいいほどだ。
だが、ここが問題なのである。戦後の護憲、平和主義というのは、社会党が自民党に対抗して守ってきたと思われているが、必ずしもそうではない。
確かにそういう面もあるが、実はもっと大きかったのは、自民党ハト派の存在なのである。田中、竹下、橋本といった面々は、金権政治や談合などで問題はあったものの、少なくとも軍備増強を押しとどめるブレーキ役として、大きな働きをしてきたのだ。
その彼らが、もはや力を持たなくなってしまい、小泉首相を中心とするタカ派政治が突出しているのが、いまの日本の政治の姿なのである。
もはや、彼らを押しとどめる人間は、自民党内にはいない。宮沢、中曽根の両元首相は引退を余儀なくされ、亀井、綿貫といった実力者は党内から追い出されてしまった。
そう思うと、自民党内のご意見番として、護憲、平和を持論としていた後藤田正晴氏が、総選挙直後の9月19日に亡くなったのは、まさに象徴的といってよいだろう。
まったく同感だ。彼らハト派に「抵抗勢力」というレッテルをつけて追い落とした追放劇に喝采を上げて見ていた選挙民の何割が、自分たちの安全弁を壊したことに気づいていただろうか。
今の時代をどの時代に似ているとするか、いろいろな意見があるだろう。が、少なくとも「共謀罪」関係でいえるのは、この法律が通れば、老中水野忠邦指揮下の「天保の改革」時代と同じことが起こるだろう。
「天保の改革」時代、水野政権を支えた柱のひとつ、目付の鳥居燿蔵は江戸中に密偵を潜ませ、密偵が政府批判を煽って同意した町民を政府批判の罪で逮捕するということがまかり通った。西欧列強が日本に本格的な開国を迫り始めた時期でもあり、進んで西欧の知識を取り入れて国を変えようとした開明派も鳥居に目をつけられ、讒言によって投獄されたり罰されたりした……いわゆる「蛮社の獄」である。
「蛮社の獄」によって、渡辺崋山、高野長英ら、当時最も西欧の知識を吸収し、世に貢献しようとした人々が命を失った。そして江戸幕府は、諸外国の圧力に対して対応するのが遅れた。
「共謀罪」法案は、現代に「蛮社の獄」を再現する天下の悪法だ。