僕自身は「困ったら助けてもらう」のではなく「困らないように備えをし、努力する」ことがまず大事で、それが不可能になった状態でセーフティネットを働かせるべきだと思うのですが、日本の現状はそれをはるかに通り越している、という話です。
著者は「反貧困」を掲げるNPOの代表で、年末年始の「派遣村」を企画した一人でもあります(下の動画で最初に演説をしている人です)。
前半は統計データから日本の貧困率が好景気にも関わらず増えていること、税と社会保障による貧困の削減率がOECD国中最低であり、若年層の貧困率がアメリカに次いで高いことを指摘し、社会構造やセーフティネットの歪みを指摘します。
そして、貧困状態に至るには「五重の排除」があるといいます。
1.教育課程からの排除
その背後には既に親世帯の貧困がある。
2.企業福祉からの排除
雇用されないだけでなく、非正規雇用の雇用保険・社会保険、福利厚生、労働組合などからの排除。
3.家族福祉からの排除
親や子供に頼れない、またはそもそも頼れる親や子がいない。
4.公共の福祉からの排除
窓口で追い返して(不正受給以上に)支給を絞ろうとする生活保護行政
5.自分自身からの排除
ついには生きる目的を失う心理状態に至る
そして、いちど貧困にはいるとセーフティネットにかからず「すべり台」のように貧困が加速する現状を指摘します。
著者のNPOの活動は、貧困に陥った人に生活保護需給申請の手伝いをしたり住居をあっせんしたりするとともに、人と人との連帯を通じて世の中から見捨てられていないんだという気持ちを与える(著者は「溜め」といいます。経済的・精神的ゆとりですね。)活動をしています。
生活保護申請窓口の実態を読むと「いかに支給しないか」に洗練された行政の実態に驚かされます(もっとも窓口担当者の立場を考えれば、暴力団関係者などの不正受給を排除したり、そもそも予算の制約が大きい、という事情もあるのかもしれません)そして生活保護世帯(15%)のほかに生活保護水準より貧しい暮らしをしている世帯が6~8%存在する(=生活保護の捕捉漏れが約1/3ある)そうです。
そして著者は貧困問題は制度のわかりにくさや自己責任論、統計データの不足(厚生労働省が貧困の存在を認めたがらない)から「見えにくい」問題になっていることが事態の深刻さを招いていると指摘します。
専門家の研究成果でなくマスコミや政治かも「庶民の井戸端会議での感情的な議論そのままで貧困対策を議論しあっている傾向がある」と言います。
確かに「セーフティネット」といいながら僕自身その内容を十分に理解しているわけではなかったので、本書の指摘は説得力があります。
先駆けて警告を発する者たちを自己責任論で切り捨てているうちに、日本社会には貧困が蔓延してしまった。最近になってようやく、切りつけていたのが、他人ではなく自分の手足だったことが明らかになってきた。野宿者が次々に生み出されるような社会状況を放置しておくと、自分たち自身の生活も苦しくなっていく。労働者の非正規化を放置し続ければ世紀労働者自身の立場が危くなる、と気づき始めた。しかし同時に、今度は「生活保護受給者がもらいすぎている」「給食費を払わない親がいる」と、依然として新たな悪人探し、犯人探しに奔走してもいる。
この視点は十分に意識すべきだと思います。
ただ、「企業が社会的責任を果たせ」=正規雇用をしろというだけでは解決しないと思います。
正規雇用だけにするとするなら、景気変動・業績変動の際に雇用を切らないとするなら業績連動型の給与体系にしていく必要があります。
そして、「ただ乗り」を防ぐために雇用条件の不利益変更や解雇についての判例なども一定程度柔軟にする必要があると思います(そうしないとそもそも上記の制度変更自体を既存の正社員に及ぼすことが出来なくなる)。
そして最悪なのは「正社員を雇うことが大きなリスク」と企業が判断してしまうと、逆に大企業は自らの雇用を絞って製造自体をより経営基盤の弱い下請けにアウトソーシングする、という連鎖になることだと思います。
つまり「正規雇用に!」ということを実現するには制度全体を見直す必要が出るわけです。
逆に今ある制度を前提として制度のもれをふさいでいく方向の議論も冷静に考えたほうがいいのではないかと思います。
たとえば派遣社員にも雇用保険や社会保険の加入を可能にし、その費用を派遣先企業と派遣会社に負担させるなどの形で「受益者負担」(=昨年までの「史上最高の好業績」を実現したコストの負担)を求めるという方法もあると思います。
非正規労働者を雇用する費用(血も涙もない言い方かもしれませんが比較的容易に雇用を終了できるという「プットオプション料」)が一定程度以上に高くなれば、企業は正社員として雇用すること(それは単にコストの問題だけでなく優秀な労働者を育成しノウハウを内部化することにもなります)との比較を常に考えることになるのではないでしょうか。
また、生活保護や教育への支援などは予算措置(=政治の問題)で解決できるはずです。そこでの財源の問題は、だれがその費用を負担するのかを十分に議論すべきだと思います。
深刻な問題であるだけに、冷静な議論が必要な問題だと思います。
「年越し派遣村」開村式
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