くりまんじゅうの日記

世間より少し いやだいぶん遅れている
老シーラカンスです。

もう梅は買いません。

2022-06-29 | 食物関係

6月も今日明日になり 今年もはや 半分が過ぎようとしています。

安くてきれいな梅が出ていると あとさき考えず買うという病気を
持つ私は どんどこ買った梅を 35度の焼酎にどんどこ漬けました。

7㍑入りのビン2つに 梅6㌔・焼酎4㍑・氷砂糖が4㌔ぐらい入って
いると思いますが 何回かつぎ足したため 正確にはわかりません。

今年の梅干し2㌔は 塩と砂糖を各10%ずつ入れました。もみ紫蘇
の塩も少なくしたため カビるかもしれません。

らっきょうは毎年 おたふくらっきょう酢で漬けますが 今年は
cookpadから調味液を作ったところ 酸が強く いまいち旨みが
出てない気がして だし昆布を入れました。 どうなりますやら



張り切って梅を買いすぎ このほかにまだ 熟成中の梅もあります。
スーパーや産直には そろそろ終わりではありますが いまもまだ
梅があります。

どんなに美しい色をしていても 香りが良く 安くても   誘惑には
負けません。   もう梅は買いません  もう梅は買いません
     

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県民割りツアー室戸。

2022-06-27 | 旅行

5,000円の補助金が付き さらに2,000円のお土産金券がもらえる
県民割りツアーの 四万十川川下りへ 行くつもりでした。

ところがその日は皆の都合が合わず もう1本出ている 県民割り
ツアーの室戸へと 昨日4人でいってきました。

まず『モネの庭』到着です。今月上旬から青いスイレンが咲き始め
早寝の彼女たちは午後には眠りますので 朝9時すぎにいきました。

 
 
 
 

青いスイレンは首を持ち上げ ほかの花より高い位置で咲くことを知りました。
 
 

絶滅危惧種といわれる タキユリ
 

モネの庭を出てバスは一路室戸へと走ります。バス2台に70名参加で お昼が
いっぺんに取れないため 私たちのバスは 室戸岬の散策が先になりました。

まず御厨人窟(みくろど) へ行ってみました。弘法大師が修業を積んだ洞窟です。
2016年 2回目のお四国巡礼のときは 崩落の危険ありのため入洞禁止でした。

 

この洞窟で 若き日の弘法大師は毎日祈りつづけました。見えるは空と
目の前の海だけで ここから『空海』の名がついたと言われます。

お大師様が修業された 御厨人窟からの景色は 補強の金具がなければ
ピカチュウですね。

 
 

御厨人窟の入り口には 立派なリュウゼツランが咲いていました。
  

室戸は昔から遠洋漁業の基地です。勇敢な室戸の漁師は南氷洋まで
クジラを追いました。

海で命を落とした漁師は数知れずで そんな彼らの霊を慰めるため
漁業殉職者追慕之塔 が建っており 手を合わせました。

 

道端にもハイビスカスが咲く 暖かい室戸の気候です。
 

室戸は昔の 捕鯨船の基地から  遠洋マグロ漁へと移り 今は近海の
漁になって キンメダイなら室戸 と言われるようになりました。

ここ『料亭花月』は 大正14年創業の老舗料亭で 室戸のキンメ丼なら
ここ   と言われます。花月へは 10年ぶりに来ました。

クジラ漁が最盛期の時代は 船が港に着くと 腹巻にたっぷりお金を
入れた漁師が 花月通いをしたでしょうか 当時の面影を残す建物です。

 

お待ちかねの キンメ丼です。皆ものも言わず がぉがぉと食べました。
小鉢の 皮クジラの煮ものも美味しかった。

 

さあ あとは帰るだけです。バスの中でぐっすり眠り 帰ってきました。
1人2,000円分のお土産金券は 当日しか使えません。

夜12時を過ぎたら シンデレラの金券はただの紙クズになります。バスを
降りて スーパーへと直行しました。 県に感謝の一日でした。 
   

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4回目のワクチン。

2022-06-25 | 日記

4回目のワクチン接種しますか? と定期的に行く歯医者の看護師さん
に聞いたところ

私たちは3回目までは義務づけられているが 4回目からは選択できる
ので しませんと言います。

最近夫に市役所から届いた4回目の案内を見ると 4回目はモデルナと
書いてあります。

過去3回はファイザーだったので 4回目も同じにしてほしい旨頼むと
ファイザーは子どもに使うので 大人には対応できない

どうしてもと望むなら 子どもに キャンセルが出たときになるから
いつになるかは不明です とのお返事でした。

モデルナが大量に余っており 有効期限も迫っている。捨てるは惜しい
のでこの際 さきの短い老人に使っておこう ということでしょうか 
と勘ぐりたくなります。

 

老いては子に従うと 常日ごろ口では言いつつも 子どもたちの反対を
聞かず昨日夫は 4回目を接種してきました。

昨夜は熱も出ず 「やっぱ梅ちゃんやね」 とご機嫌で虎テレを観て 夜も
よく眠れたようです。

オミクロンの次は 『サル痘』 感染が懸念されています。新しい感染症が
出るたびに5回・6回と接種せねば 老人は生きていけないでしょうか 
   
 

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ローソンのお皿。

2022-06-23 | 日記

使こうてと言って 友がローソンのお皿をくれました。

ローソンポイントを溜めてもらえる 直径19㎝のこのお皿には
『からあげクン』という名前がついています。

なんであんたが使わんのか聞いてみたら 終活真っ最中だから
使わんものは なにもかも捨てているそうです。

終活って 年下のあんたが 先に逝くはずの私にくれるなんて
おかしい話ですが もらってきました。

 

blogにコメントが入ると スマホがぴんと鳴りますが ここ10日ほど
朝から晩まで ぴんぴん鳴り続け 毎日100件を超える迷惑メールが
入るようになりました。

 
 

以前も同じことがあり 毎日消し続けていたら そのうち
ぴたり止まった と思っていましたが 若者がなにか操作して
防波堤を作ったから 入らなかったようです。

数年経ち 防波堤が古くなったためか切れ 洪水になりました。
私では堤が築けませんので また頼んでみます。

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美術館めぐり3 大阪中之島美術館。

2022-06-21 | 旅行

美術館ツアーの最終は 4月に開館したばかりの 大阪中之島美術館です。
オープン記念として開催されている『モディリアーニ』展へいきました。

 
 

モディリアーニの女性像は かたむけた長い顔と首・眼は瞳がなく  洋服が
ずり落ちそうななで肩で・・デカ頭で首短族の私とは 真逆の女になります

35才で夭折したイタリア人画家 モディリアーニの 代表作のほとんどが
パリに出てから 1916~1919年のわずか3年のあいだに描かれ その大半が
身近な人の肖像画と裸婦   といわれています。

モンパルナスの貴公子   と呼ばれたイケメンの彼は とてもモテました。

 

              『自画像』1919年頃
  

学生のモデル  ジャンヌは モディリアーニと恋に落ち 未婚のままで
彼の娘を産みます。

酒と薬物乱用のため モディリアーニは35才で死亡し 彼が逝った翌日
内縁の妻  ジャンヌ21才は 2人目の子をお腹に宿したまま アパートの
5階から身を投げ あとを追いました。

孤児となった 母と同じ名の娘ジャンヌ (1918-1984) は 伯母のもとで
育てられました。

   

モディリアーニはジャンヌの肖像を 30枚ほども残しました。
その中から 4枚を並べてみました。

 ふっくらお腹のジャンヌは 最初の娘を妊娠しています。
  『赤い肩掛けを着たジャンヌ・エビュテルヌ』 1917年
  

  『大きな帽子を被ったジャンヌ・エビュテルヌ』1918年
 

 このときジャンヌは つぎの子を妊娠していました。
   『エビュテルヌの肖像』1918年頃   大原美術館所蔵
 

   『肩をあらわにしたジャンヌ・エビュテルヌ』1919年
 

ジャンヌの他にも モデルの個性をとらえた すばらしい
肖像画が並んでいました。

今回モディリアーニ展の ポスターにも使われた1枚
             『 若い女性の肖像』 1917年頃
 

『ルニア・チェホフスの肖像』1917年 ポーラ美術館所蔵
    

     『緑の首飾りの女  ムニエ夫人』 1918年
 

モディリアーニが パリに出た直後に描いた1枚です。なぜか
受け取り拒否をされました。もっと美人に描いてほしかった?
              『騎馬服を着た婦人』1909年
 

きゅうりの顔 だけでなく丸顔だって描いています。
     『ジャック・リプシッツとその妻』1916-17年
 

      『赤ん坊を抱くジプシー女』1919年
 

モディリアーニが描く子どもの絵が 私はとても好きです。
       『おさげ髪の少女』1918年 名古屋市美術館所蔵
 

      『少女の肖像』1918年 アサヒビール大山崎山荘美術館所蔵
 

          『青い服の少女』1918年
 

大阪中之島美術館で 今回は2枚だけ 写真OKの絵がありました。

モディリアーニの裸婦像を 1989年に大阪市が   19億3千万円かけ
買いました。それが33年後の今では 10倍以上の値がついています。
             『髪をほどいた横たわる裸婦』1917年
 

そして写真OKのもう1枚は 女優グレタ・ガルボが終生愛し 彼女の部屋に
飾り続けていた モディリアーニの小さい絵 『少女の肖像』1915年頃
 

グレタ・ガルボと 彼女の部屋です
 
 

モディリアーニと同じ時代を生きた 仏在住の画家とは仲がよく 藤田嗣治と
親しかった と書かれていました。会場には藤田の『タピスリーの裸婦』など
3枚が展示され ゴッホ・ピカソ・シャガールの作品もありました。

モディリアーニとピカソ。撮影者はなんと   ジャン・コクトーと書いてあります。

  

お昼は楽しみにしていた リーガロイヤルホテル15Fの コースの
中華料理でしたが 疲れ果てて 順番に出されるものを じっくり
味わうことなく口に放りこみ 帰りのバスに乗りました。

 
   

目が覚めると もう徳島県の 池田まで帰っていました。
久しぶりのプチ旅は 疲れたけれど 行ってよかったです。

長い牛のヨダレblogに   連日お付き合いいただき   ありがとうございました。 

      

コメント (14)
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