枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

我は山の子・・・

2012年08月01日 | Weblog

 帰宅途上、駐車場に向かう道で、蝉の抜け殻を見つけた。油蝉だ。子どもの頃、宿題もそっちのけで、網を手に夢中になった。母に、佃煮にするのか。と怒られた。祖母は、その夜遅く懐中電灯を手にし、闇の中に浮かぶ蝉の脱皮を見せてくれた。

 体が震える感動だった。命の大切さは、体験しないとわからないことがある。祖母は、寡黙であったが、どうすればいいかを知っていた。蝉をむやみに捕るな。と言うのは簡単なこと。子どもの心に届かなければ、いくら怒ってもわからない。

 故郷の変わりように、唖然としながら、父母の居ない虚しさに囚われる。北原白秋の『この道は、いつか来た道・・・』とは違うかも知れぬが、小さな自分を垣間見る。あの時、知らない小母さんに声をかけられた。時を超えていたやも。

 帰宅して、駐車場の水遣りをする。鉈豆を植えているので、水分は欠かせない。鞘を1つ収穫。室内が蒸せる。台風の影響か、水遣りをしても涼しくない。サンタさんから珈琲が届いている。例年夏休を取られるので、早めに注文したら、来月になっていた。

 新鮮な野菜は、泥付きがいい。綺麗にするために、水洗いをしたら、鮮度が落ちてしまうのだ。無論、熟した物が好い。形も不揃いで、歪な物がいいのだ。自然の中で育っているのに、同じ形はないのです。器量のいいのも、悪いのも、味が好ければいいのだ。

 大蒜エキスを作ろう。お酢でエキスを摘出するのと、焼酎とでやってみよう。どっちがいいかはわからないが、何れも農薬よりはいいだろう。我が家に多いのは、蜘蛛が圧倒的。女郎蜘蛛の背中の模様に、同じ形はないのにもびっくり。

 5月21日の部分日蝕。太陽が月の中に入った時、薄寒さを感じた。卑弥呼の時代、天文現象を知っていたとは。インスピレーション?直感と言うのか、凄まじいエネルギーを感じる。

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