生物の体には、自分で治そうとする力があって、そのための知恵と体力、免疫・抗体等の働きが促されて、細胞が外傷や体内の病気を癒す。精神的なコントロールもされて、一番心地よい状態が保たれる。それに大いにエネルギーを貸すのが、枇杷葉だ。
個人差は、どんな物にもある。結果だけを言えば、効果があるが、自分の治そうとする気持ちと折半の、希望を捨てないこと。私は、基本的には医者が好かないのだが、背に腹は返られないこともある。医者に、かからないようにするだけだ。
命を粗末にしないことは、物を粗末にしないことにも繋がる。自分のしていることが、結局は己に還る。言葉も、態度も同じで、因果応報に通じる。これら全てが、御仏の悟りに往きつく。産まれてきた場所に還る。死とは再生である。
最近の体調が思わしくないのは、自分の心がけに尽きる。だが、どんなに一生懸命しても、皆がみな、そういうことに関心を持ってはくれぬ。仕事以前の、基本的なことができていないのは何故だろうか?他人に迷惑をかけないより、自分の都合を優先する。
絶句。実際に二の句が告げられぬ。唖然とする。このような大人になっているのに、人間としての躾ができていない。根本的なことが違う。人間は一人では生きられないが、自分勝手をするのとは異なるのではないか。世の中も変わったねぇ。
原発のもたらした便利さは、人間の体から、考えて工夫をすることを、忘れさせた。携帯電話や、パソコンの普及で、居ながらにして、何でもが自由にできる時間ができた。資金は、他人様のを上手く活用する。何が正しいのか、真相は闇である。
夏の陽射しを浴び、生き生きと花を咲かした。寒くなったので、室内に入れてある。