枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

自覚すること・・・

2013年04月11日 | Weblog

 介護福祉士の登録手続きを、郵便局から書類の発送する。これで、正式に合格したことが認められる。今後は、この資格に恥じない自分でいよう。教科書を読み直し、日々業務に励まなければ。昨年の今頃には、受けようかどうしようか悩んでいた。

 お金もさることながら、自分が、そういった資格を修得するに値すのか、随分と悩んでいた。その資格を持って、この先が働けるのか、疑問もあった。これまでにない重圧との闘いでもあったし、志を到達できるかの、揺らぎもあって決心が就き兼ねた。

 その中での、上司の言ってくれた言葉は、やるだけはしてみなさい。という励ましだった。努力もしないで諦めるのではなく、全力での取り組みには、必ずその分の報いもある。教科書はあるものの、わからないことばかりで、肩の力が入るばかり。

 机の前に居ることには、特に違和感はない。却って外には行きたくないのが幸いした。然し、集中力には限度がある。2時間がいいところであった。その間には、無性に他の書物が読みたい。教科書と、図書館の本とを読みまくっていたもの。

 テレビには興味がいかない。新聞のテレビ欄を見ただけで、内容もわかるし、程度が知れる。単に点けるのは、電気代の消耗だけだ。PCのキイを叩き、問題そのものの理解に努め、寒さに着込み、手が悴むのは、指無し手袋を填めていた。

 ストーブを点けると眠くなる。できるだけを我慢し、足元の湯たんぽで過ごした。後日、合格の報告をした時、顔つきが変わっていました。と言われた。そっか、だろうなぁ。目標を目指して、必死であったからなぁ。心のゆとりもなくなっていた。

 そろそろ、次の目標を決めねば。と思案中なのだ。知りたいこと、学ばねばならないことが多過ぎる。何時寿命が尽きてもいいように、絶えず心構えをして、これからの人生を送りたい。生かされていることの意味が、漸くわかりかけている。

 子どもの頃には、若い頃には、想ったこともないことが、還暦を迎えて朧に視える。小さなことに感謝し、言葉の意味を確認して、自分のことでなく、誰かのためにできることが、老いては自分に還って来る。尚更に努力を怠らないように。

 今年の桜の綺麗と、今年ほどたくさんの桜を見られたことを。孫等と一緒に行けたことを。これまでの、様々な要因に於いて廻り遇えた偶然を。お蔭さまであることの感謝を。忘れないでいられたらと、心底想えたもの。ありがとう。

 白枇杷の寒中の花芽。春の嵐が吹きまくったが、実になろうと落ちないでいる。生命の不思議を具間見る。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする