枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

処暑、馬の背を分ける

2017年08月23日 | Weblog

 二十四節気 処暑 旺盛な太陽も、次第に衰え、暑熱も退く、と言う意で、処暑と言い、天地清く、爽やかとなる。毎年、八月二十三日頃である。然し、暑さは衰えず、異常気象で参ってしまう。夏場に夏野菜をしっかり摂っているのが、多少の救い。

 再度、いせひでこ展に向かい、丹念に見て周り、その後絵本を買う。職場の小さな子どもさんの居る人に、プレゼントする。毎夜、詠みきかせをしているとかで、そこに描かれている顔が、何とも愛らしく、似ているのもある。二度目とあってびっくり。

 帰宅する道順に安全運転を心がける。然し、雲行きは怪しくなる一方で、町役場に寄った時には、ポツポツとなってきた。クリーニングを取りに行くのに、市内までハンドルをきると、視界ゼロの状態になる。応急処置では防げないような降り方だ。

 布団を広げておかなくてよかった。と呟きながら、クリーニングを受け取り、家に向かう。先日の、沢田研二さんのコンサートに着たスーツで、盂蘭盆会を挟んだので、行くのが遅くなった。用事も、あちこち回らねば、一度に済まない。ルート難儀。

 友人に貸した文庫本が、汚れたり傷んでおり、本来なら買って返すべきだが、そのまま返してくる。好きな作家のなので買い換える。本を貸すのはいいが、図書館とは違う。汚したら新しいので返して。文庫とは言え、莫迦にならない金額でもある。

 玄関を開けるまでもなく、自宅の方はさっぱりで、雨は多少のお湿りだった。馬の背を分ける、とはよく云ったものと妙に感心する。湿気は多く不快指数は大きい。風は多少あるとは言うものの、蒸せるのは堪らない。すばる、鉢物を落して壊した。

 電話機の上に飛び乗って下りたらしい。留守番も可哀相だが、連れて行くのもと思うが。仕事中は無理であり、車中に置いておく訳にはいかない。休日も、暑い時期には無理があるので、やはり家に置いて出るようになる。事態は悪化するのだ。

 まあ、すばるが遣って来て、賑やかさは増すばかり。掃除も、毎日のことで、然も、何回も遣っている。掃除はどうと言うことはないが、鉢物が引っくり返るのは困る。折角根付いて大きくなっているのに、新芽は折れ、無残な姿になってしまうのだ。

 今年の新暦の七日。晴れていて見事な宇宙だった。冬は、大気が澄み、星の瞬きが素晴しいもの。

コメント
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