あれ以来、ふみことリョウは離れで暮している。爺やが根負けしたのと、リョウの何があってもふみこから離れない剣幕に黙ってしまった。そりゃそうじゃ、ふみこは笑えて来る。顔立ちはやさしいが、きりっとした眉には利かぬ気があるし口元はへの字になる。爺やにはお守りも限界状態を越え、眠れぬ日が続いていた。
季節は春から初夏へと替わり、山に行くと黄色の実が見えた。リョウが叫ぶ。「枇杷の実だよ、ふみこ」そういえば、家から離れた藪に植わっていたと思い出した。「とってよ」ふみこは首を左右に振った。「勝手には採れんの、まさ婆に聞かにゃ」ふみこは、なにをするにもまさ婆を立てなければ行くところもなかった。
相変わらず母屋に近づくともなく、ふみことリョウは離れと台所や山への行き来だ。ふみこは砂時計とからくり時計の共振で、時間に異変が起きたと知った。月世界ではないが、ふみこの元居た場所でないことは辺りに僅かなずれがあるので分る。家の建て方や山に野の景色も、荒れてはいないが手つかずに思えてしまう。
まさ婆は、字が書けないのだ。ふみこは、あいうえおを地面に棒でなぞると「貧乏人には寺子屋なぞやってもらえん、字を書けんでもな身体が丈夫なら働けるで食うにゃ困らんぞな」それを聴いていたリョウは「僕が学校に上がったら、習ってきて教えてやるからね」リョウが学校に?「春になったらね、ふみこもだよ」
リョウが、来春になったら学校に行くのは本当だった。神隠し以来、リョウは誰もが知らないことを言い当てたり突然何かを創り始める。それがいつしか広まり、尋常高等小学校の校長自らがおいで侯となった。リョウが何かを思いつくのは必ずふみことだけの時で、他に誰か居ると気も散るのか空気が張り伝わって来る。
季節は春から初夏へと替わり、山に行くと黄色の実が見えた。リョウが叫ぶ。「枇杷の実だよ、ふみこ」そういえば、家から離れた藪に植わっていたと思い出した。「とってよ」ふみこは首を左右に振った。「勝手には採れんの、まさ婆に聞かにゃ」ふみこは、なにをするにもまさ婆を立てなければ行くところもなかった。
相変わらず母屋に近づくともなく、ふみことリョウは離れと台所や山への行き来だ。ふみこは砂時計とからくり時計の共振で、時間に異変が起きたと知った。月世界ではないが、ふみこの元居た場所でないことは辺りに僅かなずれがあるので分る。家の建て方や山に野の景色も、荒れてはいないが手つかずに思えてしまう。
まさ婆は、字が書けないのだ。ふみこは、あいうえおを地面に棒でなぞると「貧乏人には寺子屋なぞやってもらえん、字を書けんでもな身体が丈夫なら働けるで食うにゃ困らんぞな」それを聴いていたリョウは「僕が学校に上がったら、習ってきて教えてやるからね」リョウが学校に?「春になったらね、ふみこもだよ」
リョウが、来春になったら学校に行くのは本当だった。神隠し以来、リョウは誰もが知らないことを言い当てたり突然何かを創り始める。それがいつしか広まり、尋常高等小学校の校長自らがおいで侯となった。リョウが何かを思いつくのは必ずふみことだけの時で、他に誰か居ると気も散るのか空気が張り伝わって来る。