枇杷の葉なし

枇杷の生育や、葉・花芽・種のことを日々の生活のなかで書いていく。

うさぎのダンス・20

2023年02月24日 | Weblog
 その朝、早くから暑い陽射しが照りつけていた。リョウの姿を見かけていないが、母屋だろうと洗い張りを始めたもののふみこは胸騒ぎしてならない。まさ婆に聞くと、学校のお仲間と出かけたようだと告げられた。ふみこはリョウが、誰かと遊んだりしないのも知っている。三学年にもなると、傍にいるばかりもできない。

 それにふみこの熟す仕事は増える一方で、まさ婆ばかりに頼れもしない。機を織るには綿の栽培もで、初夏の声を聴けば植え付けていくし手入れも怠れない。山の斜面を鍬で耕し、土を均したりしておかねば苗は育たないからだ。冬の間に作業を終えるのもあり、かじかむ手を擦りながら惜しむことなく身体を動かせていた。

 リョウを見かけたら、ふみこは綿の花を見に行こうと決めていた。洗い張りの糊を煮詰めながらも、離れに来るであろうと木杓子で掻き混ぜていたものだ。それがその日に限って、リョウの顔が目の前に浮かぶしで妙に気になり心から離れない。ふみこ!背中にリョウの声を聴いたと振り返えれば、まさ婆が顔色もなく立つ。

 ふみこは、まさ婆の止める声も聴かず駆けた。リョウさん!あたしを置いていかないで。水の音がしているのは川だ。山際を縫うように流れており、川幅は狭いが岩の多い水底の深い場所もある。ふみこは翔けながら、リョウの意識が途切れてしまうのを感じた。ぐったりと横たわるリョウを腕に抱き、ふみこはへたりこむ。

 ふみこは身体が弾け飛び、砕けそうだ。リョウさん、なんでなん?川に行っちゃいけんてあれだけ言うたじゃろ。河童が悪さしたな、これからは胡瓜も何も供えてやらんわ。ふみこはまだ温かさの残るリョウを胸に適わずと知りながらも、願わずにはいられない。自分の命と代えてと、リョウへの想いを籠め祈るふみこだった。
コメント (2)
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