千葉実年大学校 歴史倶楽部 平成20年1月定例会
1.開催日 : 平成20年1月25日(金)
2.集 合 : 地下鉄・東西線 「浦安・改札口前」 9時30分
3.参加者 : 72名
4.行 程
千葉県浦安市といえばディズニーランドのある町として有名ですがこの度は浦安市の中でも昔の 漁村の面影 を今に残す 元町地区東西線浦安駅周辺エリアの総称)を地元のボランティアガイド
泉 美代子様 のご案内 を頂きながら2時間半の散策を楽しみました。
江戸川を望んで 山本周五郎が住んだことのある船宿
先ず渡し場跡見学浦安は東京と隣接していながら、その間を江戸川に隔てられていたため、長い間対岸の葛西へは渡し船で移動していました。
昭和15年の浦安橋開通により対岸へは徒歩や自転車で渡れるようになったため渡し船は廃止され今では史跡表示板を残すのみとなりました。
山本周五郎の「青べか物語」ゆかりの吉野家を見下ろし西水門を通過するところでは、右手前方にディズニーリゾートの山がかすかに望めます。
ここから階段を降りて、境川沿いを歩きました。
浦安市を流れる境川の風景
境川
境川は江戸川の支流で本市の中央を東西に貫通して流れ、東京湾に注いでいます。
江戸時代より漁業を生業としていた人々は、この川に漁船を係留し、陸と海とをつなぐ通路としたほか、川の水は、飲料水や炊事・洗濯の水に利用されるなど、日常生活に欠かすことの
できない役割を果たしてきたそうです。
昔のような活気あふれる漁師町の風景は見られなくなりましたが、境川は浦安発展の歴史を示すものであり、浦安の母なる川として、今もなお、私たちを見守り続けているのです。
と説明されました。
清瀧神社(せいりゅうじんじゃ)
大海津見神(海の神)が祀られている。鎌倉時代初め(1196年)に建てられたと言われています。
ボランティアガイド泉 美代子様 清龍神社
(1)本殿
(昭和57年10月20日 浦安市指定有形文化財) は安政2年(1855年)村人が長年にわたって積み立てたお金で、本殿をつくりました。
言い伝えでは、絵図師 高間 惣次郎が図を描き、上総国から買い求めたケヤキの大木一本を用いて、大工の棟梁である備前 松五郎(下総国多古、中村 文蔵の弟子)が建設したものであると
いわれています。
建築様式は、木造三間社、流造りで、屋根は銅板で葺かれています。社殿には龍、浦島太郎、千鳥などの精巧華麗な彫刻が施されて海の神社として特徴が現れている。
(2)富士塚
富士山は、古くから山岳信仰の対象として崇められ、参拝の登山は、室町時代に始まったと言われています。
江戸時代には富士講が組織され、盛んに富士登山が行われたり、 富士塚 がつくられたりしました。ここの富士塚は高さ4.5mと立派なものです。
富士山に参拝に行けないときは、この富士塚に登る事で同じご利益があると言われています。
本 殿 富士塚
旧宇田川家住宅 (浦安市指定有形文化財)
明治2年(1869)に建てられた。年代がはっきりしているものでは、浦安市内で一番古い民家である。
主に商家として使われ、道路に面した店の部分と裏の住宅部分からなっている。このタイプの家は、関東では数少ない貴重な旧家です。
当初は、米屋、油屋、雑貨屋、呉服屋、など商家として使い、大正3年(1914)に宇田川林太郎が「浦安郵便局」、昭和21年(1946)には宇田川喜作が診療所を開き、昭和48年(1973)まで
医院として使われてきました。
昭和58年(1983)宇田川喜作氏より寄贈され、翌年7月1日より一般公開されています。
旧宇田川家住宅 宇田川家の縁側で日向ぼっこの皆さん
旧大塚家住宅(千葉県指定有形文化財)
旧大塚家住宅は、建築構造と様式の特徴などから、江戸時代末期に建てられたと推定されます。
大塚家は農業と海苔の生産販売をした兼業農家でした。建築様式は茅葺きで木造平屋建てです。
間取りは中央に大きな居間があり、左手に小部屋、左手奥に客座敷があります。
この家の大きな特徴は、屋根裏2階を設けていることです。
昔から、度重なる洪水に悩まされた人たちの知恵で、家財道具などをおき、避難場所に使うなどして被害を最小限にする工夫がされています。
昭和60年5月、大塚正次氏より寄贈され、昭和62年8月1日より一般公開されています。
旧大塚家住宅 8帖間の座敷 海苔網の手入れと海苔簾編み
庚申塔 (こうしんとう)
この庚申塔は、正徳5年(1715)1月猫実村の庚申講の信仰者たちによって建てられました。青面金剛菩薩を刻んだ庚申塔では、市内最古のものです。
塔には悪疫を押えつける青面金剛菩薩が邪鬼(たたりをする神)の上にたち、下には庚申の干支にちなんで「見ざる」「聞かざる」「言わざる」の 三猿が刻まれています。
この庚申塔は、現在も「猫実の庚申塔様」「西の鎮守様」として親しまれています。
豊受神社
平安時代の終わり(1157年)に建てられたと言われ、浦安で一番古い神社です。地元の人々には「神明様」の愛称で親しまれています。
豊受神社 ご朱印
江川跡
堀江2丁目にあたる江川児童公園周辺は、かつて沢山のベカ舟が係留されていた入江です。
この一帯は「江川」と呼ばれ、出船、入船は活気があり、風や雨が強く海が荒れた日や海苔採りで帰りが夜になる時等は、提灯を持って父や夫の帰りを待つ女性の姿が見られました。
それは漁師町ならではの情緒あふれる風景でした。
しかし、昭和46年漁業権全面放棄によって浦安の漁業は終りを告げ、漁師の命とも言うべき漁船は売られたり、焼かれたりして、江川から姿を消しました。
泉様が 「あれがベカ舟ですよ」 の説明に急いでシャッターを切りました。
郷土博物館
さまざまな昔の生活体験が出来る市民参加の体験型博物館です。
(1)浦安の街:屋外展示場「海と暮らす」
中庭に出ると屋外展示場があります。
ここでは漁師町として活気に溢れていた昭和27年頃の街並みを再現した「浦安のまち」が迎えてくれます。
郷愁感溢れるこの街並みは、路地裏から音までまるでタイムスリップしたような雰囲気を感じさせてくれます。
天ぷら屋 は、山本周五郎が昭和初期の浦安を舞台に描いた「青べか物語」に登場する「天鉄」をイメージしています。
実際に周五郎も浦安に滞在していた時(昭和3~4年)に何度も足を運んでいたそうです。浦安を舞台に描かれた「青べか物語」に関する展示を行っています。
「まち」の中を流れる川は、浦安の人々のくらしの中心であった澄んだ「境川」の清らかな流れをイメージして、川には「 打瀬船」や「ベカ舟」が浮かんでいて体験試乗する事が出来ます。
天ぷら屋 「天鉄」 打瀬船・ベカ船の体験試乗場所
(2)船の展示室 「海を駆ける」
ベカ舟(海苔・貝採取)製造の実演。
(3)テーマ展示室 「海とともに」
干潟のジオラマ(模型)多種多様な漁法、浦安の言葉(浦安弁の世界)を味わえます。
以上、前半の行程は12,000歩ほどの散策に程良い空腹感を覚え、後半の行程の新年会会場の「オリエンタルホテル」 に歩を早めました。
素敵なホテルでの美味しい に舌鼓を打ちながら、大勢の皆さんが18番の素敵な歌声 を披露し、楽しいひとときを過ごしました。
集合時は少々気温も低く、背を丸め気味のスタートでしたが、 泉様 のご案内にとても興味深く、楽しい散策をすることが出来ました。
会長さんを初め、役員、担当役員の旗持ちに一日お疲れ様でございました。
有り難うございました。